だからサンタにお願い

世間一般ではめちゃくちゃ盛り上がる、ワクワクするクリスマス。俺も例外ではなく毎年楽しみで、今年もまぁ、ケーキ食べたりもう正体わかってるサンタさんからプレゼント貰ったり、逆に俺が弟たちにやったり。

ただ今年はそれとは別のイベントがある。そう、選抜の関東大会。24日から26日までバッチリ、世間が騒ぐ期間にある。何かの陰謀か。



「いや〜楽しみっスね!サンタさんからのプレゼント!」



隣にいる赤也はまだ中等部だし、そんなことよりもサンタ(親)から貰うプレゼントに夢中だ。ちなみにまだサンタを信じてる。水は差さないのがテニス部暗黙の了解。

今日は23日で、日中は普通に部活があったんだけど。



『せっかくのクリスマスだし、関東制覇の前夜祭ってことでみんなでクリスマスパーティーをしようか』



そう幸村が提案して、今はそのパーティー会場であるカラオケ屋に来てる。
メンバーは1年テニス部全員と、なぜか赤也。



「丸井サン、曲入れないんスか?」

「ん、ああ…」



曲リストをダラダラ見ながら、入れようか入れないか迷った。来て2時間。ケーキや飯もたくさん食って、歌もそこそこ歌った。ちょっと疲れも出てきた。今日はいつになく部活がハードだったしな。



「ちょっとトイレ行ってくる」

「ハイハーイ、いってらっしゃい!」



ようやく出番が回ってきたって感じで、浮かれた赤也に見送られた。

トイレは別に、行きたいわけじゃなかった。ただ単に疲れたっつーか。
トイレには向かわずに、店を出て、目の前にあるガードレールに座った。



『同じテニス部1年だし、高橋さんも誘ったら?』



3日ぐらい前に、そう幸村には言われた。高橋が来ても、赤也はもちろんだし幸村も、おそらく仁王だって普通に受け入れる。真田や柳だって別に、文句言うやつらじゃない。

でも俺が。というか俺は、高橋を誘えなかった。何て言やいいかわかんねーし。みんないるからって、幸村とか赤也も待ってるからって、そう言えばよかっただけなんだけど。

クリスマスって、特別なもんだから。たいして特別じゃない今日ですら、誘えなかった。



「…はぁー……」



息が白い。上着持ってくりゃよかったかな。外寒い。風邪なんか引いてらんねーのに。

明日、試合だから。



仁王とのレギュラー争奪戦(?)は、あの日普通に始まった。
休日の割りにギャラリーは多くて、テニス部以外もいろいろいた。もちろん高橋もいた。



『丸井くんの応援!』



そう言った通り、たぶん俺のこと応援してくれてたと思う。さすがにいつものデカい声は響かなかったけど。
…あいつでも気まずい空気はわかるんだろうな。

高橋が応援してくれてんだ、頑張んなきゃって、必死だった。
けど、仁王は、俺が思ってた以上にうまくなってた。こいつも影でめちゃくちゃ練習してんじゃねーかって、丸分かりだった。

数字上はシーソーゲームだったけど。
でも俺は、ああこれは勝てねーなって、思った。越えてくのは無理だって。そんなときだった。



『そこまで』



幸村がストップをかけた。仁王がアドバンテージ取った瞬間だった。



『もう終わりにしよう。時間も時間だし、片付けるよ』



仁王はすぐやめて、ネットのほうにやってきた。ああ、最後の礼な。俺も重い足取りで向かって、とりあえず握手した。重かった。その握手も。

その後ボール拾いしてたんだけど。幸村に後ろから声かけられた。



『お疲れさま』

『…ああ、お疲れ』

『どうだった?最後、疲れが出てたみたいだけど』



疲れた、確かにすげー疲れた。体力的っつーか、精神的にな。

でも、負け惜しみじゃねーけど。ちょっとスッキリした。俺は実質仁王に負けたわけだ、テニスに関しても。悔しいけど、俺はまだなんだって。

不思議と苛立ちなんかはなかった。自分にも仁王にも。今やるだけやったって思いがあったし、俺はまた上がるしかないって、わかったから。



『疲れはまぁ、ちょっとな』

『そうか。じゃあこれから毎日、練習前後に走り込みしようか。ブン太の特別メニューで』

『えぇー!』

『不満かい?試合中に疲れたじゃ済まされないんだよ、レギュラーなんだから』



……は?
5秒ぐらい遅れて、マヌケな声が出た。

俺が…レギュラー?なんで?
そりゃ試合の決着はついてないから、あの後どうだったかなんてわかりゃしないけど。

でも俺は、仁王に負けると思った。そんでそんなときに幸村にもういいって試合を終了させられたんだから、側から見てもそうだったんだろうって。



『あ、ちなみに仁王もレギュラーだから』

『え』

『デビュー戦は二人でダブルスだよ。中学以来だろ?頑張って』



あの争奪戦はなんだったんだよって、率直に思った意見っつーか普通に文句言いたいけど、いつもながら愉快そうに笑う幸村を前に、それはなんとか飲み込んだ。



「ブン太」



あの日のことを思い返してて、やっぱりよくわかんねーなって、ため息吐いたとき。
店から、完全に防寒した柳が出てきた。俺の上着を持って。



「あと12分以上、そのままでいると明日風邪を引くぞ」

「…サンキュー」



なかなか戻ってこない俺を心配したのか。明日の試合で負けてもらいたくねーのか。素直に、柳に渡されたコートを羽織った。

柳はすぐ戻るのかと思ったら、防寒してただけあって、俺の横に座った。



「一つ、お節介をしてもいいか」



お節介をするのにそんな断り入れるやつなんていねーけどな。とりあえず頷いた。



「本人はもちろん、恐らくは精市も言わないつもりだろうから俺が伝える」

「え、なになに?」

「疑問を抱えたままだと、試合に悪い影響が及ぶ可能性が高いからな」



ちょっと緊張しながら聞いた。静かに始まったのは、あの試合直前の話。

仁王が幸村に、自分はレギュラーに相応しくないって、言ったって。



「…なんだよ、それ」

「精市はそれ以上言わせなかったそうだが。恐らく仁王はその後に、こう続けたかったんだろう」



ブン太をレギュラーにと。

なんだよそれ。全然意味わかんねぇ。あいつもレギュラーになりたかったんじゃねーの?テニスなんて、あいつにとっちゃ遊び?
…そんなわけねーよな。じゃなかったら、あんなに伸びてるはずがない。あんなに必死でやるはずがない。

じゃあなんでかって。ああ、そういうこと?



「だが精市がそんな申し出を受け入れるはずがないのは、お前も理解出来るな」

「……」

「要するに、元から二人がレギュラーに入ることは確定していた。これは後付けでも何でもない。幹部と現レギュラー陣のミーティングによる結果だ」

「……じゃあ、あの試合は」

「精市は二人のやる気を見たかったそうだ。死ぬ気でやるところをな」



近頃二人揃って、一人の女の子にかまけ過ぎだからだと。

で、その幸村の思惑通り俺らは必死で練習してたって。俺の思った通り、仁王も仁王で柳や、他校のヒロシと自主練してたらしい。

でも微妙に幸村の思惑は外れた。仁王が、レギュラーになりたくないみたいなこと言い出したから。
その理由は聞かなくてもわかったし、気持ちもわからないでもなかった、だからとりあえず全力でやれよやらないと………。

いくら仁王でも幸村にそう言われちゃやるしかねぇってなるよな。



「…でも、俺」

「何だ?」

「仁王より、弱いって、思った。あの試合んとき」



確かにそう感じた。せっかくレギュラーになったんだから、そんな弱音吐くなんてあり得ないけど。
あいつが強いってよりか、俺が弱いって。そう思ったんだ。

柳に言っちまって、ちょっと後悔した。これをまた幸村や仁王に伝えられたら、変な感じになんじゃねーかって。ようやく俺の中で、普通に出来てきたような気がするのに。今はスッキリしてて苛立ちもなく、せっかくまた上がってやろうと思ってんのに。



「ふむ。それはいい傾向だな。いいデータでもある」

「…は?」

「客観的に見るに、二人はほぼ互角だった。だがお前は自分が弱いと感じた」

「……互角、だったかぁ?」

「それはつまり、自分を素直に見つめることが出来ているということだ」

「……」

「周りが強いと妬むより、自分が弱いと省みる方が前進する。特にポジティブな性格のお前はな」



行き過ぎて周りが見えなくなるのも問題だが、そう笑いながら柳は付け足した。

自分を素直に見つめることが出来てる?俺が?疲れるから、苦しいから、辛いからって逃げる俺が?
見つめてんの?自分?



「追加でお節介だ」



柳は立ち上がって、俺に携帯と封筒を渡した。



「俺の携帯じゃん、それ」

「テーブルの上に置きっ放しだったぞ。着信もきていた」

「マジか、サンキュ。…この封筒は?」

「それは仁王からだ」



ドキッと、また久しぶりに心臓が焼ける気がした。今日は仁王も来てるし、ちょっとは会話もした気がする。明日は二人でダブルスだし、その打ち合わせなんかでもう普通に話はしてんだけど。

柳の姿を見送って、まずは携帯を見た。言われた通り電話がきてたけど、知らない携帯番号。誰からだ?

その後、封筒を開けて見た。
その中には、写真が数枚入ってた。



「……あのヤロー、真顔で嘘吐きやがって」



何がもう在庫切れだよ。データも削除しただよ。持ってたんじゃねーか。

よくわかんねーし、これであのことに関してあいつを許すとかそんなんはどーでもいいんだけど。

あいつが思いを断ち切った。それを俺に示した。そういうことなんだろうなって。

憎いよ。ムカつくし腹立つ。高橋のことに関しても、幸村に余計なこと言ったのも。
でも何でかはわかんない。あいつが勝手に終わらせただけなのに。
俺もなぜか、やるせなくなった。



けど残念だな仁王。もう騙されねーよ。
もう一個、最後の嘘、見つけたから。
すぐ店に、みんないる部屋に戻った。



「仁王」



騒がしい部屋だけど、俺が仁王に話しかけた瞬間は、みんなちょっと息を飲んだ気がした。…いやいや、普通に今日だって話してたじゃん。明日なんかダブルスペアだぜ。まったく幸村はほんと鬼だよな。



「なんじゃ」

「最後の1枚寄越せ」



仁王は、はて何のことって顔してっけど。わかってんだよ。



「メイド服姿のだよ。持ってんだろ。こっちに入ってねーじゃん」

「…バレたか」



ククッと笑うと、上着のポケットから1枚出した。あの、俺が文句言って高橋を傷つけちまった姿の。
…つーかシワいってんじゃねーか。お前も好きだったんなら大事にしまっとけよ。

必死でシワを伸ばしてると、仁王がジュースを俺にズイッて、差し出した。



「ブン太」

「あ?」

「明日、絶対勝つぜよ」

「当たり前だろぃ。足引っ張んなよ」

「俺の台詞じゃき」



これでようやく普通に見えた、らしい。ジャッカルによると。

ムカつくし腹立つけど。
テニスの仲間として。出来れば、今後も友達としてやっていければいいと。
1年前の夏の大会のときみたいな、あんな俺らをまたくださいって。
いもしないサンタに願った。

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