欲張りなんだ

「ジャーッカールーくん!」



日曜朝7時過ぎ。たぶんめちゃくちゃ近所迷惑。すんません。
ほんとは昨日のうちに誘っときゃよかったけど。夜あんま寝れなくて、そんとき急に思い立ったから。

で、学校向かう前に気づいた。これはジャッカルも連れてこうって。てか相手がいなきゃたいして練習できない。



「…おま、何してんだよ」



割とすぐジャッカルは出てきてくれた。パジャマだったけど。



「朝早く悪いな。今から学校行こうぜ」

「…は?」

「練習付き合ってくれ」



寝起きだからか頭がまだ働いてなさそうな顔のジャッカルを家ん中に押し戻した。



「練習って…今日午後からだろ?」



そうブツブツ言いながら一旦引っ込んだジャッカルは、その10分後に準備万端で出てきた。はえーな。さすが、髪の毛セットする時間がいらないのはこういうとき役立つ。

ジャッカルの言う通り、今日はテニス部は午後から練習。
でも昨日、幸村に言われた。



『明日、仁王と試合してもらうよ』



それがレギュラーの椅子をかけてなのかどうかは言われてない。その試合で決まるかどうかも言われてない。
でも今のこの時期にやるってんだ。少なからず影響あるに決まってる。

午後からだし、午前中はほんとなら休んだほうがいいのかもしれない。
でもやるだけやるんだ。とりあえず尽くすって決めたんだ。



「…ん?」

「あれ、幸村じゃねーか?」



やる気はあるがとりあえず腹は満たさないとと思って、途中コンビニ寄ってから学校に着くと。テニスの打ち合う音が聞こえてきた。

コートを見ると、ジャッカルの言う通り幸村。
…と、その向かいには。



「……高橋?」



ちらっと、ジャッカルからどーするって感じの視線が落ちた。そうだよな、こないだの差し入れの件があったとはいえジャッカルは気まずい、つーか気まずい俺らに気まずいよな。

…ああ、どうしよう。ついさっきまであんなに気合い入ってたのに。心臓がバクバクいって、足が震える。Uターンして帰って本番に備えるか、なんて頭も過ぎった。…でも。



「…つーか噂、ほんとだったんだな」

「え?」

「幸村。いつも集合時間より早く来て、一人でサーブ練習とか走り込みやってるって噂、聞いたことあってよ」



初耳だった。ジャッカルより情報に乗り遅れてるなんて不覚だけど。

幸村はアメリカでの手術のあと、しばらくは本調子じゃなかった。当たり前だけど。
でもすぐに戻って、あっさり高校でもレギュラー取ったし。今だってたぶん全部員の中でトップだと思う。

才能ってすごい。そう思ったのは俺だけじゃないはず。



「幸村!」



俺の声に幸村と、もちろん高橋もこっちを見た。目が合ってるわけでもないのに、ドキドキする。



「やあブン太、ずいぶん早いね。どうしたんだい?」

「俺と、試合して」



一瞬目を丸くしたけど、すぐに、ああいいよって笑った。高橋さん邪魔だからどっか行ってって悪態もついて。

ていうか、なんで高橋がいるのか。幸村に誘われたのかな。仁王の次はまさか幸村とか………。

いや、それはこの際関係ない。立海の頂点(俺調べ)が相手してくれるんだ。これ以上の前座はない。



「さぁ、いくよ」



俺の準備も終わったところで、幸村サーブから試合が始まった。

才能ってすごい。幸村は確かに才能溢れるプレーヤーだと思う。
でも幸村はそれで終わらない。それ以上に、他の人とは違う何かが積み重なってる。自力で積み上げていってる。それがあの強さの強みなんだ。



俺の望むこと。部活に関しては、テニス部のレギュラーになること。試合に勝って優勝すること。

パティシエは、無理かもしんないけど。迷ってこの先引っかかるぐらいなら、今迷いを捨てて踏ん切りつけること。

好きな人は………。好きな人は?



「ありがとうございました」

「ありがとうございました。いやぁ、ブン太も成長したなぁ」



そうは言っても俺の完敗だけどな。
でも、コンディションは程良くなった。疲れすぎず、堅すぎず。午後の試合に向けて、いいテンションだぜ。



「まだ時間あるね。…そうだ、次は高橋さんとやりなよ」

「…は?」

「彼女なかなかうまいからね。ほら、高橋さん」



幸村の手招きはなぜかそれだけで恐喝に見える。素直に、というか怯えながら高橋がやってきた。

俺も高橋も、本心ならご遠慮願いたいところ。俺なんか二連戦だし、高橋は女子なわけだから………ん?じゃあちょうどいいってことか?…いやいやいや、そんなことはない。お互い気まずいだけで、力も何も発揮できるわけ………、



「…ま、丸井くん」



ネット挟んで、久しぶりに面と向かった。日はそんなに経ってないのに、もう何年も会ってなかったように感じる。

心臓はもう落ち着いてきたけど。代わりに少し、ほんの少しだけ、目が潤んだ。乾燥した季節だから、朝早かったから、そういうわけじゃない。
こんなふうにただ目を合わせるだけでも。
こみ上げてくる気持ちがある。



「全力でお願いします」

「…え」

「力不足でしょうが、あたしも死ぬ気でやります」



“死ぬ気でやるぞ”



だから、その台詞は俺んだっての。ジャッカルにしても、こいつにしても。

…前も、一学期もあったな。こいつと試合したの。あんときは確か、チョコバットを賭けた決闘だった。
女だけどまぁそこそこ強くて、途中手抜いてたら普通に1ゲーム取られて、さすが青学だなーと思った。
そんときはただ変なやつ、ぐらいにしか思わなかったのに。この状況をどうしたら想像できたよ。



「…勝ったら」

「は、はい」

「俺が勝ったら、お菓子くれ」

「はいっ!」



相変わらずの力んだ即答。こいつはあんまり迷うってことがないんだよな。
でもたぶん、仁王のことには迷いがあった。結局その迷いは捨てたらしいけど(仁王の話がほんとなら)、その決断さえ早かった。

俺も、そうなりたい。



全力でやった結果、もちろん俺の圧勝。前みたいに手を抜くこともなく。
でも幸村が言った通りなかなかうまかった。今日が久しぶりって感じではなかったし、たまにやってんのかな。



「じゃあ次は俺とジャッカルだね」

「お、俺も!?」

「暇だろ?さっきから」

「あー…まぁ」



ジャッカルはあんまやりたくなさそうで。そうだよな、さっきの俺のいたぶられっぷりを見たら怖いだろぃ。
でもジャッカルもいずれ上がってきてくんなきゃ困る。ガタガタ言うなと押し出した。



「丸井くん!」



座って二人の試合を見てると、急に後ろからデカい声で呼ばれてビクッとなった。試合中のジャッカルもビクッとなってた。…そういやさっきの試合後、ちょっと失礼しますってどっか行ってたんだよな。



「す、すみませんデカい声出して…!」

「あ、ああ、大丈夫」

「これ、どうぞ!」



そう言って、チョコバットを3本、俺に差し出した。



「今120円しかなくて…」

「120円!?」

「またチョコバットですみません!」

「いやいや、そんな…ていうか無理すんなよ、金欠なら」

「いえ、もうすぐお年玉も入るので!」



お年玉って。1ヶ月近く先じゃねーか。ほんとに大丈夫かよ。
でも有難く頂いた。もちろん、高橋にも分け前はやった。奮発して1本丸ごと。すげーだろぃ。

お互い気まずいだろうと思ってたけど。やけに落ち着いてて、二人並んで座って食べた。
食べ終わったと同時に、高橋が口を開いた。



「こないだ、丸井くんが練習してるのを見て」

「……」

「あたしも頑張らなきゃなって、思ったので。男子は午後からだって聞いたのでその隙に、練習に来たんです」



幸村くんに捕まっちゃっていたぶられて死ぬかと思いましたが、そう笑った。

そーだったのか。幸村に誘われてなのかって思ったけど。
ほっとしてる自分に、自分でも嫌気が差したし。単純な自分に、余計ほっとした。



「幸村くんに聞いたんですが…、今日、試合…、だそうで」

「…ああ、午後からな」



誰が相手なのか、何でなのかも聞いてんだろうな。やけに落ち着いてた雰囲気が、急にピリッと張り詰めた気がした。

見るつもりなのかな。俺と、あいつの試合を。
どっちを応援するのか。聞きたいけど聞けない。公平に見るつもりかもしれないし。どっちにしろ、さっきまでのいい具合の調子がダダ下がりになっちまう………。



「…お、応援していってもいいですか」

「……え?」

「丸井くんの応援!」



高橋のことはよくわかんない。あのときほんとはどう思ってたのか。今は何考えてるのか。

ただ一つ。俺の中で結論が出た。
俺の望むこと、3つ目。



「当たり前だろぃ」

「ほ、本当ですか!」

「ああ。俺のこと応援して」

「それはもちろんで…!」

「あいつだけには負けたくない」



いつかも言ったな、この台詞。あんときは菊丸相手に。結局当たらず負けちまったけど。

もちろんその意味は、前のと今ので変わりはない。
少しビックリした後に、照れたように笑った。その同じく変わらないキラキラした笑顔に、強くそう思った。
…単純になったらなったで欲張りだなー俺も。

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