逃げ道は作りたくない

「ま、そーいうわけでいろいろすまんかった」



昼休み。幸村に呼び出されて向かった屋上。なんか久しぶりにブン太とご飯食べたくてね、とかなんとか言われて、怪しいと思いながらも一応行ったら。

たぶんそこそこ予想はしてた。その通り、幸村だけじゃなくて、仁王もそこにいた。ついでにジャッカルも。
…知ってたんなら先に言っとけよなと、ついジャッカルには悪態ついちまったけど。



「別に、もう終わったことだし」



あとでジャッカルに聞いた。そのときは、たぶん俺がキレて仁王に殴りかかるんじゃねーかって思って、宥める要員としてジャッカルは幸村に呼び出されてたんだと。

だから意外とアッサリ、別にいいと言ってのけた俺に相当、驚いたらしい。
仁王も仁王で、あんまやっちゃいけないことしただとか、まぁまぁ悪いとは思ってる、みたいな、ほんとに反省してんのかよってぐらいのテキトーな態度。怒らなかった俺を逆撫でしたいのかって、思った。

ただ思っただけで。俺から怒りの言葉は何も出なかった。何も。
元を辿れば仁王が悪いのかもしれない。

でもあいつが揺れたのは事実だろうし。疲れたとか言って俺が逃げたのも事実。



「じゃあ、余談はこれぐらいにして本題に入ろうか」



仁王の態度以上に、幸村のその言葉のほうが俺としては引っかかったけどな。なんだよ、俺と仁王を仲直りさせるために呼び出したんじゃないのかよぃって思ったけど。まー幸村らしいっちゃ幸村らしい………。



「前にも少し言ったけど。来月の関東選抜、仁王とブン太が登録候補に挙がったよ」

「……え?」

「どっちの可能性もある。あとちょっとの頑張り次第だよ」



ああ、ジャッカルは残念だったね、なんて笑って幸村は付け足した。ショック過ぎる顔したジャッカルには申し訳ねーけど。

一瞬で心が躍った。たしかにちょっと前にそんな感じの、レギュラーになれるかもってことは言われたけど。先輩レギュラーが外される予定らしく、まさか今年中に叶うかもしれないなんて。

同時に、心がざわめいた。登録は9人、試合出るのは7人。そのときによって変えたりもするだろうけど、ざっと考えた中でもまず幸村に真田、柳の壁がある。その他今の先輩レギュラー、普通に強いやつばっか。たとえ登録されても試合に出れるとは限らないし、そもそもそこに割って入ることが受動的で済むわけがない。



“頑張り次第だよ”



ようするに、仁王とレギュラーの座を争えと。よりによって仁王と。
鬼かよ、こんなときに。



「俺とブン太で、直接対決でもするんか?」



仁王もすぐ思いついたんだろう。俺の聞きたかったことを聞いてくれた。



「さあ。とりあえず頑張ってほしい」



幸村にはもしかしたらもう、どっちが入るかわかってんのかもしれない。というか、幸村の中では決まってるのかもしれない。今の部長より先輩より実際の権限は幸村にあるようなもんだから。

頑張る必要あんのかな。



「次うちのクラス体育だから、さっさと食べようか」



そう言って幸村と仁王はサクサク食べ始めた。

俺も、なるべく気取られないようにしたけど。
いつもなら美味い母ちゃんの弁当が、味もなく感じた。



「丸井ー」



先に食い終わった幸村と仁王を見送って、俺とジャッカルで教室に戻ってきたとき。その教室に入る直前、担任に呼び止められた。

担任が少し目配せしたから、あーたぶんあの話だなってすぐわかって、ジャッカルには先に入ってるように言った。



「あの話、考えてる?」



あの話っつーのは、例の留学の件。中学のときも受けたパティシエの。

正直、今の今まで忘れてたけど。そういや今年はベルギーじゃなくてフランスだって話を、ちょっと前に先生から聞いただけで。全然考えてなかった。



「…あー、えっと、まだ」

「まだ時間はあるけどね。自分にとって、より良い方に考えてほしいから」

「……」

「今の丸井と、もちろん将来のことも考えて」



良い方。俺にとって良い方って、何だ。

パティシエになること?レギュラーになること?
留学すること?そこで勉強すること?
テニスで仁王より上にいくこと?レギュラー取って勝ち進むこと?

パティシエにもレギュラーにも拘らずに、部活も学校生活もそれなりにでいいから楽しくやること?

好きな人と、一緒にいること?



俺にとって、ほんとにやりたいことって何だろうな。何を望んでるんだろう。

ぼやーっと考えながら席に戻ったら、ジャッカルが隣のやつの席に座ってた。



「ブン太」

「え、……いてっ」



ペシッと、頭叩かれた。
俺よりずっと叩き甲斐のあるきれいなスキンヘッドのジャッカルは、俺の顔を見て笑ってた。



「なんて顔してんだよ。せっかくレギュラー候補になったんだろ」

「……」

「絶対勝ってやるって、昔のお前なら言ってたんじゃねぇのか?」



昔の俺なら。そうだな、たしかにそうかも。
でも今は言えなかった。負けが怖くて。怖くなって。

仁王に負けたくないって思って頑張って、もしそれが砕かれたとき。



“別に、もう終わったことだし”



全然、終わったことに出来てない。怖くなってる。
恋愛とテニスは別物だけど。また砕かれるんじゃないかって。



「お前こそさっさとレギュラー候補になれよ。こっちが困んだよ」



相棒がいないと。
仕返しに、俺もジャッカルの頭をさっきの3倍で叩いてやった。

そうだ、きっとジャッカルと一緒なら、絶対勝つって今でも言えると思う。でも今は、俺の、俺だけの戦いだから。



「ブン太、とりあえずよ」

「……」

「今日から自主練付き合うぜ。死ぬ気でやるぞ」



ジャッカルに味方してもらったって、励ましてもらったって、なんの力にもなんねーよって、言いそうになったけど。

絶対レギュラー勝ち取れって、そう言われた気がした。



死ぬ気でって、誰に向かって言ってんだよ。それは二年前、ジャッカルとのダブルスでレギュラーになったとき俺が言った台詞だぞ。
中学のとき、そうやって二人で練習しまくったもんな。勝つために。

あのときの俺は、勝つことだけを思って、誰との戦いだって楽しめてた。負けたらどうしようなんて考えもしなかった。

今の俺は………。



俺の席から校庭が見える。5時間目が始まる少し前。体育だって言ってたもんな。すぐに見つかったよ、あいつ。

今日の仁王の話でわかった。あいつはもう終わったと思ってるってこと。仁王とくっつく気もないって話もあったけど。
それでいいと思ってたのは俺だし、そう思われてもいいとも思ってたのに。

最初はあいつが俺のこと受け入れてくれないかもって怖がってた。両思いになってからも仁王にさらわれるんじゃないかって怖がってた。
だから、疲れるって蓋をして、もうこれでいいんだって思い込んで逃げた。



レギュラー取れるかもしれない、今が頑張り時、でも迷いもある………。

全部知ってほしい。いろんな俺を応援してほしい。
何を望んでるのか。結局は一番単純なことなんじゃないかって。自分勝手過ぎる思いがあふれた。

[戻る]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -