友達でいよう。そう、心に誓った中学の卒業式。あたしは青学のみんなを忘れない。みんなもあたしのこときっと忘れない。それはあたしの心の支えだ。
そして中学時代よりさらに強くなったみんなのテニスを見たり、成長したあたしを見て欲しくて……。
のはずだったけれど。あたしは今テニスの練習すらできず。教室でみんな宛ての手紙を書いてる。
というのも、練習中、追い出されてしまったのだ。怖い顔した帽子系男子に。
『お前、ここで何をしている!』
『は、はい!テニスの練習です!』
やっぱり切原さんは、一応入部届けは出してくれたものの今日も用事で〜と放課後そそくさと帰ってしまう。素振りやサーブ練習だけでは飽きてしまうので、近くにあった建物で壁打ちを始めたのだ。パッコンパッコンとね。
そしたらあの、帽子系男子がものすごい形相でやってきた。
『こんなところで壁打ちをするな!』
『え!あ、あの、ちょうど良い壁だったので』
『この建物は男子テニス部の部室だ。壁打ちならば別の場所へ行け!』
『は、はい!ごめんなさい!』
何だかその辺の先生よりも先生らしい威圧感に満ちた説教を受け、あたしは走って逃げ出した。
というか、あのそれなりに立派な建物が男子部の部室だとは。すごくうらやましい。
…そうだ。何かが足りないと思ったら、部室だ。部室も必要だ。部室があれば着替えとか備品も置けるし、何より部活らしくなる。サード先生に頼もう。
走って帽子系男子から逃げたものの、さて今度はどこで練習しようかと思ったところ。
『高橋、だったな』
後ろから呼び止められた。あたしの名前を知ってるなんて感激!と思いつつ振り返ると。
以前会った、菩薩像系男子だった。
『お前のことは貞治から聞いているぞ』
『貞治…とは…、乾くん!』
『そうだ。立海に入学することになったのでよろしくとな』
乾くん…!あたしのことをきっと心配して、この彼に頼んでくれたんだ。やっぱり青学のみんなは優しい!
『あ、あの、あたし高橋裕花です!よろしくお願いします!』
『よろしく。俺は柳蓮二だ。テニス部に所属している』
そういえば乾くんが言ってたな。立海テニス部に幼なじみがいるって。
何だか立海に入学してから今初めて、優しい人に出会った気がする。切原さんはたぶん一応根は優しいんだろうけど。さっきの帽子系男子や他のクラスメイト、特に幸村くんと仁王くんは論外だし。
…て、いけないいけない。あまり知らないくせに決めつけちゃダメだ。
『可能ならば、これを同封してもらえないか?』
『はい?』
全然違う、というか何も流れもなかったことを、柳くんは言った。差し出された手には、小さい封筒があった。
『貞治への手紙だ。同封してくれ』
『同封…とは?』
『お前は今から青学テニス部に宛てた手紙を書くのだろう?練習も出来ず時間を持て余しているからな』
手紙…とは?
あたしはさっきまで練習してて、あの帽子系男子に追放されて、これから練習場所を探して……、
『あー!』
『思い出したようだな』
『そうだった、みんなに手紙書くんだった…!』
『あまりに遅いので貞治も心配していたぞ。何分、お前は携帯も持っていないしな。連絡手段がないと』
そうなんです、あたしは携帯を持ってなくて。いや、欲しいけれど今まで必要なかったから。だから、入学したら早めにみんなに手紙を書くと約束していた。
教えてくれた柳くん、感謝!やっぱり彼はいい人らしい。乾くんの友達でもあるしね。
それからあたしは教室へ行って、みんなへの手紙をしたためていたわけです。
さて、じゃあ近況を書こうと思ったんだけれど。
…何も書くことが浮かばなかった。
本当だったら、今あたしはテニス部でバリバリ練習しています!とか、クラスメイトと仲良く過ごしています!とか、書きたいんだけど。青学のみんなも心配してるだろうし。
ペンを握っても、お元気ですか?から全然進まない。
「……あーすの日を〜ゆーめー見〜て…」
何も書けない。あたしは元気です、でさえも。
だからこの歌をさっきから歌ってた。だんだん小さくなる声が表すように、今あたしには何もない………。
そのとき、静かに扉を開ける音がした。教室にはあたし一人。一番前の席だから、入ってきたのが誰なのか、顔を上げればすぐわかるけど。上げられなかった。
「…えーっと、高橋、だっけ?」
「…あ、はい、高橋です」
「こないだ購買でのお釣り、おばちゃんから預かってたんだけどよ。柳が、高橋はここにいるから今日持ってけって」
こないだ購買で会ったハーフ系男子か。顔を見なくてもその話でわかった。きっとあのときのお釣りを持ってきてくれたんだ。いい人だ。パンもパイも奪っちゃったのに。
いつの間にか外はもう日が沈みかけて教室は暗かった。男子部も練習はもう終わったのか。
「…ありがとうございます」
「……」
「その辺に、置いておいてください」
部活後で疲れてるだろうにせっかく持ってきてくれて、ちゃんと受け取ってありがとうと言うべきなのに。顔を上げられなかった。申し訳ない。
「…あー」
「……」
「なんか、へこんでる…のか?」
「……」
「や、こないだとずいぶんテンション違うからよ。寂しそうに歌ってたし」
「……」
「えーっと…、まぁ元気出せよ」
元気良く明るく行くのがいっちばん!って、教えてくれて、あたしもその通りだと思って、そうしたかったんだけれど。
女子テニス部での活動ができない。クラスに馴染めない。そんなことよりも。
青学のみんなに宛てた手紙に何も書けないことが、あたしには辛かった。元気です、楽しいですって書けない。
「…やっぱ、元青学じゃ立場キツイよな。特にこのクラスだと」
ハーフ系男子は、教卓にお金を置いたものの、なかなか出て行かなかった。それは彼の優しさなんだろう。余計辛い。
…このクラスだと…とは?
微妙に引っかかって顔を上げると、彼は少し笑ってくれた。あたしが不思議に思ったのが伝わったんだろうか。
「負けただろ、うち。去年」
「…そうでしたね」
「先にうちが2勝したんだが、このクラスの幸村と仁王、あと俺もだけど、そのあと負けたんだよ」
そういえば。先にうちの手塚くんと、乾くん海堂くんペアが負けてしまって。でもそのあと、不二くんと、英二くん大石くんペア、最後に越前くんが勝って、優勝したんだ。
この、ハーフ系男子は英二くんたちと対戦してた。彼も、幸村くんや仁王くんも、負けたんだ。
「幸村も仁王も、相当悔しがってたし。何となく接しづらいのかもな」
「……」
「おまけにあいつら女子に人気だから。そのせいで青学を嫌うやつが増えたって話だぜ」
「えええ!?」
「ま、あいつらも根は悪くねぇから。ちょっとお前のこと、からかってるだけだぜきっと」
同じ強豪テニス部を持つ学校だけど。なんか性質がちょっと違うのかな。
つまりは幸村くんも仁王くんも、あたしのこと半ば憎んでいると…?青学だから?
というか、この彼はなぜあたしがへこんでる理由をおおよそ知ってるんだろう。めちゃくちゃ頭がいいのかな。
いいと言えば、いいんだろうか。彼も負けたのに、あたしに優しいけど。
「あのー、ハーフ系男子さん」
「何だそれ。俺はジャッカル桑原だ」
「ああ、ジャッカルくん。あなたは大丈夫なんですか?」
「俺か?俺は別に。つーか、逆に身内に八つ当たりされる立場だし」
「八つ当たりされる立場…とは?」
「おーいジャッカル!」
その話の詳細を聞きたかったけれど。
さっき彼が開けたのとは違い、勢い良く扉が開いた。開けたところにいたのは、
真っ赤な髪色。どこかで見たような気がする。
「何やってんだよ、早く帰ろうぜ」
「あ、悪い。今行く」
「…ん?……そいつ」
ああ、この人もテニス部か。ジャッカルくんを迎えに来たんだ。
…あれ、どこかで見たような。
待てよ、テニス部だから……、
「ジャッカル、こいつか?こないだ俺のおやつぶん取ったの」
「まぁそうなんだが…」
「あーーっ!」
久しぶり、というか数時間ぶりに出ました。あたしらしいデカい声。
さっきまでしおらしくしていたものだから、ジャッカルくんも赤髪系男子もとても驚いた。
そうそう、思い出した。この人は確か、このジャッカルくんと一緒にダブルス組んでて、英二くんたちに負けた人!
…あれ、ということは、さっきのジャッカルくんの話が確かなら、この彼もあたしを嫌ってる?驚いた顔から一変、今のこの睨むような顔はそのせい?
そして彼はあたしの前に一歩出ると、引き続きしかめっ面で口を開いた。
「お前、高橋っつったな」
「あ、はい、高橋です!はじめまして!」
「今年から立海なわけ?」
「はい!どうぞよろしくお願いしま…」
「この恨みは一生忘れねーからな!」
そう言って、教室から出て行った。
やっぱりだ。やっぱり、赤髪系男子の彼も、あたしが嫌いなんだ。
どうして?そりゃ去年は青学を全力で応援してたし、うるさかったのは申し訳ないけど。青学が勝ったのはしょうがないじゃない。あたしのせいじゃない。
また一人、あたしを嫌いな人ができてしまった……。
「今のは気にすんなよ、違うから」
「…え?」
「あいつが怒ってんのは青学関係ねぇから」
「……はい?」
そう、笑いながら不思議なことを言い残し、ジャッカルくんも出て行ってしまった。
どういうことだろう。幸村くんや仁王くん、その他は青学だからあたしに嫌悪感があるらしいけれど。
今の彼は違うことで?
よくわからなかったけど。
とりあえず、青学のみんなへの手紙には、
“立海テニス部にとても優しい人がいました!ハーフ系男子のいい人です!あと、乾くんのお友達もいい人です!”
そう、書ける気がした。