感じるあいつの気持ち

今日は朝からなんか、体がダルかった。ぼーっとするのと、外が寒いだけじゃなく体の芯から冷えるっていうか。
でも練習を休むわけにはいかない。俺はもうすぐでレギュラーになるんだ。たとえ風邪だろうと休んでいられない。

ダルい体を無理矢理動かしたせいか、だんだんと喉まで痛くなってきた。冷たい空気が喉に染みる。



「ブン太、体調悪そうだね」



部活後、部室で幸村にそう声をかけられた。やっぱ周りからもそう見えたのか。幸村は、たぶんただの心配からそう言ってくれてるのはわかるんだけど。変に威圧されてるように感じる。練習に手を抜くのは許さないって、そう勝手に感じた。



「ちょっとダルい」

「風邪かな」

「そーかもな。喉もちょっと」



ほんとだったらこんな言い訳はしたくない。ただ、別に俺は手を抜くつもりはないってことと………、

…チラッと目だけ、そばにいる仁王を見た。仁王の中では着替え終わったことになるんだろう、ネクタイをしてない以外は部活に出る前の服装に戻ってた。

仁王ももうすぐレギュラー。それが俺の中で、練習に手を抜けない最大の理由でもあった。負けたくない、置いていかれたくないって、勝手に思ってる。



「喉が痛いんなら完璧に風邪だね。…あ、そうだ」

「?」

「仁王」



さっき俺が仁王をこっそり見たことに気づいたのかと一瞬焦った。幸村が仁王に声をかけたとき、仁王は幸村のほうを見つつ、俺のほうもチラッと見たから。さっきの俺みたいに。



「仁王、飴持ってなかった?」

「飴?」

「ほら、今朝もらってただろ?」

「……あー」

「ブン太喉痛いってさ」



今朝もらった、誰からかは知らないけど。仁王は、もう着てたブレザーの内ポケットからガサゴソ取り出して、俺に差し出した。
目は合わさなかった。俺もだし、仁王もこっちを見なかったから。



「どうぞ」

「…サンキュー」



変な空気、とは、幸村含め周りにはわかんなかったと思う。俺は風邪でテンション低かったし、仁王も仁王であんま機嫌良くなさそうだった。口に痣があったりしてなんかあったんだろうなとは誰しも思っただろうけど。

ただ、俺と仁王はお互いに感じてたとは思う。



「ブン太にピッタリな飴だからね。きっと早く良くなるよ」



そう、幸村は笑って付け足した。それにちょっと引っかかりながら、やっぱ幸村だけはこの妙な雰囲気に気づいてるかも。そう思った。



この妙な雰囲気は、至極簡単な理由。俺は仁王に対して勝手に嫉妬してるし警戒してる。仁王はそんな俺の態度に気づいてるからか、それともほんとにやましいからなのか、素っ気ない。

誰が悪いのかはわかんない。俺かもしれない。
ただ、たとえそうだと誰かに言われたところで、俺は自分の態度を変えられる自信はない。

そんなことを考えながらもらった飴を見ると、俺の心臓がぎゅっと縮んだ気がした。



“ブン太にピッタリな飴だからね”



あー、そういうことか。幸村の言った言葉の意味がわかった。

俺は体がダルかったこともあって、幸村にも仁王にも何も言わなかった。
このことに二人とも悪意はきっとない。
幸村は俺をいい意味で茶化すつもりだったろうし、仁王だってこの機会を予想してたわけじゃないだろうよ。そもそも俺があいつにあげたものってことすら知らなそう。

あいつも、たぶん悪気があって仁王に渡したわけじゃない。そう信じてる。

だからこのモヤモヤもイライラも、単なる俺の嫉妬なんだ。俺自身の問題なんだ。そう、思うことにした。

そして部活終了後。



「おまたせ」



着替え終わったあと、高橋を下駄箱に迎えに行った。今日は赤也の姉貴が用事っつって練習はできないけど、他にやることあるからとか言って女子部の部室で待っててくれてた。



「お疲れさま!」

「帰るか」

「は…うん!」



さっきまでダルかったけど、高橋の笑顔を見た瞬間、急に元気が出てきた気がした。ついでにモヤモヤもイライラも、ほんの少し和らいだ、かな。



「…丸井くん、風邪?」

「あーちょっと」

「やっぱり!なんか声が鼻声なので」

「うん。でもたいしたことねーから」

「そー…ですか。うーん、早く仕上げないと……」

「何が?」

「い、いえいえ!独り言なので!」



高橋は、なんか急がないと急がないとってブツブツ言ってた。よくわかんなかったけど、俺の状態的に深く突っ込まなかった。

状態っていうのは、風邪っていうよりは心の中の話。こいつのことは信じてるし、仁王に対しても俺の勝手な嫉妬だから、そう思ってはいるんだけど。

どこか拭いきれないモヤモヤした、これは不安なのか苛立ちなのか。



「あーーー!」



久しぶりに聞いたような、高橋の叫び声。もちろんビックリもしたけど。
喉だけじゃなくて、顎も痛いことに気づいた。それは風邪のせいじゃない。さっきから、無意識に歯を食いしばってた。たぶん嫉妬や不安からのもので。

変わらない高橋に口元が緩んで気づいたんだ。

そう、高橋が何か変わったわけじゃないんだ。変わったといえば、前は菊丸が好きだったけど、俺のことを考えるようになったってこと。俺にとってうれしいこと。それ以外は何も変わってない。

俺が勝手に疑ったり嫉妬したりしてるだけで、俺らが思い合ってることは何も変わっちゃいないんだ。



「どーした?」

「喉が痛いなら飴をって思ったんですが……実は丸井くんにもらった飴、仁王くんにあげちゃって」

「へー…」

「仁王くん、今朝マスクしてて何だか風邪気味な演出をしてたので」



マスクはたぶん痣を隠すためだろうなってすぐわかった。これで俺の知らなかった今朝の状況、高橋や仁王、幸村のやり取りも。

すっきりしただけじゃなくて、隠さず高橋が言ったことで、ああやっぱり何も深い意味はないんだと。やっぱり俺の勝手な嫉妬だったんだと思えた。



「…裕花」



初めて普通の流れで名前を呼んだ。名前で呼び合うって決めたくせに俺も出来てなかった。

見るからに驚いてるのとうれしそうな顔をされて、自分で呼んでおきながら急に照れてきた。



「ま……ブン太くん」



ブンちゃんじゃなかったのかよ、なかなか定着しなそーだな、なんて思いつつ、そういや最初はそうだったと思い出した。

何も変わってない。こいつは真っ直ぐに俺のことを見てくれてる。

そう思ったら堪らなくなって抱き寄せた。周りに人もいるし、ここは駅までの通学路。前か後ろかわかんないけど、たぶん近くにテニス部のやつらもいる。



「ど、どーしたんですか…?」

「いや、ぎゅっとしたくなった」

「…ああわかります、風邪のときって心身ともにやられますよね!」



風邪だからじゃねーけどな。でもこんな的外れな、たぶん俺が勝手に考えてる嫌な妄想とかも気づいてないだろう高橋が、もっともっと愛しくなった。

視界は高橋の髪に埋まってるはずだったけど。左隅のほうに、銀色が見えた気がした。

それに向かって、こいつは俺のだから、そう心の中で叫んで。
こんなにあったかくて幸せなはずなのに、やっぱり拭えてないんだと思った。



「…そ、そういえばブン太くん」

「ん?」

「……て、手荷物、少ないですね」



駅のホームで電車を待つ間。よくわかんない話に、頭がぼーっとしながらも必死で考えた。

手荷物って…いつも通りラケバだけだけど。少ないわけじゃない。けっこう重い。



「……いや、だ、誰かからお菓子もらったりとかなんかなかったかなぁなんて」

「……」

「あ、何となくね!どーだろうなって思ってね!」



俺はほんとズルい。そこも変わってない。
俺だけが嫉妬してると思ってた。だから言えなかった。でもこいつも少なからず気にしてるって、わかった。

わかっても言わなかった、それはお互い様だぞって。恋愛は勝ち負けなんかじゃないのに。思いやりながらじゃないとダメなのに。
優位に立ちたかった。俺から好きになったくせに、俺は嫉妬なんかしてないって見せたかった。



「もらってないぜ」

「あ、そ、そーですか!」

「お菓子はもう受け取らない。裕花からの以外はな」



ただ、喜ばせるようなことだけは言いたい。気持ちを繋ぎ止めておきたい。
いつものキラキラしたかわいい笑顔を見て、その思いはさらに強くなった。

ほんとは全部素直になればよかっただけの話なのにな。高橋といて幸せなはずなのに、疲れがたまる気がした。もちろん高橋のせいじゃない。
…人を本気で好きになるって、疲れる。

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