花もケーキも日持ちしないし、ちょうどよかったけど。
「…お前ほんとはどっちなの?」
「何が?」
高橋のこと、ほんとはちょっと好きなのかなって思った。そもそも去年あいつをかわいいって言い出したのはこいつだ。仁王が見つけなきゃ俺は知らなかったし。
立海に入ってからあいつと知り合ったのは、まぁたまたまだし、仁王は関係ないけど。
デートもしてたし、手も繋いでたって。いつもの、女子に告白させて終了ぐらいにしか考えてないんなら、俺が阻止する。そうはさせない。
『恋愛は疲れるから』
去年だったか、ビックリした俺をさらにビックリさせた仁王の名言。
当時仁王は彼女がいたんだけど、1ヶ月ぐらいで別れた。仁王から。それはそれほど珍しくもない。俺だって初めての彼女はそんくらいでフった。
でもその彼女は仁王が初めて俺に、“好きなやつがいる”って打ち明けた相手だった。
告白は彼女のほうからだった。仁王は自分からは告白しない。それもいつも通り、たとえ本気の恋でもそうなんだな、さすが自分に惚れさせるパワーすげーなって思ってたけど。
『別れたって何でっスか!?』
俺だけじゃない。赤也もビックリしてた。
『んー、なんか、もういいって思っての』
『えー!?だって、仁王先輩が最初好きだったんじゃ…』
『恋愛は疲れるから。こいつはもういらんってなるんじゃ』
それはすげーよりもただのかわいそうなやつだと、それが俺の印象。だって本気で好きだと思ってたから。そう、両思いが仁王のゴールで、それ以上続けられないのはかわいそうだろ。
今ふと思い出した。そんときの彼女、高橋にちょっと似てるかもって。外見はもちろん高橋の圧勝だし性格も全然違うけど、髪型のせいかな。雰囲気が。
いや逆だ。高橋が似てる。仁王が付き合ってたのは夏前だったから。
だからか、妙な胸騒ぎしかしない。
そんな気持ちを抱えたまま、俺は高橋がいるはずの女子テニス部の部室に向かった。
「せっかくなのでお茶淹れますね!」
「おう」
昨日与えられたばっかの部室なのに、もう机や椅子、お茶類の入ったかわいい缶や電気ポットが完備されてた。あとは本棚とかラックを持ち込みたいんだって。ずいぶん充実させるつもりなんだな。
…その前に、この部屋。なんかどっかの廃部になったとこから引き継いだらしいけど、電球が薄暗い。ところどころでパチパチいってる。まずは電球付け替えればいいのに。
「少々お待ちください!」
「サンキュー」
電気ポットのセットをして、俺は窓側に立ったまま、高橋は椅子に座った。
どう切り出すべきか。とりあえずもう一度謝るか。
「…丸井くん」
「ん?」
「……そこ、何か感じませんか」
…感じる?
外はもう真っ暗だし寒いけど、この部屋の中はまだマシ。窓も開けてないし。
ただ、何となく重苦しい感じはした。…いや、それは昨日こいつとケンカみたいなことして、何から話そうかとちょっと気まずいからだと思うんだけど。
「…先に言っておきます」
「…なんだよ」
騒がしい感じや、前にあった気まずい感じではなく、高橋はどんよりした空気で話し始めた。
「気になったので調べてしまったんです、あたし」
「…何を」
「ここの部屋の過去について」
俯き加減に語る高橋のバックにほん怖のBGMが聞こえた気がした。
「むかーしむかし、戦時中の話です」
「あ、ああ」
「ここには当時、刑務所があったらしいんです。謂れのない濡れ衣を着せられた政治犯などが収容される刑務所がね」
「…初耳だな」
「そこでは何と……」
割愛するけど。要するによくありがちな話で、そのほんとは罪のない人たちがお国のために次々処刑されたとかなんとか。この部屋の下にはたくさんの人骨が埋まってるんだとよ。下は下でもここは最上階だからえらい下になるけどな。
で、今はここにいる人間に対し怨みを持っていると。人体模型が処刑しに来るんだって。
「いやいやいや、なんだよ人体模型の処刑って!」
「え!丸井くん知らないんですか!あっちの理科準備室に人体模型が…!」
「あるのは知ってるけどよ。なんで戦時中のやつの怨みを現代医療の道具が晴らすんだよ」
「…なるほど!言われてみれば!」
「当たり前だろぃ。お前はほんと…」
こんなバカなところもかわいいなぁなんて思いつつ、ちょっと呆れつつ、俺は高橋がビビってる理科準備室を振り返って見た。
瞬間、背筋が凍った。
「丸井くん、どうしたんですか?」
「いやいや、なんでも…」
あっちを見た途端顔を背けたから、高橋も不思議がった。いや、青ざめてる。
「まままま丸井くん…!まさかまさか!」
「い、いや、ちげーよ!」
「人体模型がないんですか!?」
「あるって!俺最近視力落ちたからハッキリ見えねーだけで…」
「ちょっとちょっと!」
高橋は興奮気味に立ち上がると、俺のすぐ横に立った。そしてたぶん俺と同じく、背筋が凍ったと思う。
「理科準備室って、普通鍵閉めますよね」
「ああ、薬品とか一応あるし」
「というか、あたしさっき、あっちの扉が閉まってるの、確認したんですが」
「そっか。じゃあ何で開いてるんだろな。開いてるよな、あれ」
「開いてますね」
顔を見合わせて、お互い言いたいことはわかったけど声に出ない。言ったらたぶん余計怖くなるから。
と、高橋は何も言わずに扉へ駆け寄り、鍵を閉めた。一応ついてんだな。
「こ、これで大丈夫でしょう!」
「あ、ああ」
「あとはあっちの様子をもう少し伺って……」
そのとき、もーほんとタイミング悪過ぎる。パチパチっと音がして、部屋の電気が消えた。そういや電球切れそうだったもんな。最悪。
「ま、丸井くん!大丈夫ですか!」
「おー、大丈夫。お前は…」
「そっちに行くので動かないでください!」
月の明かりもあったし、電球は切れたけどそこまで暗くない。電気ポットの赤いランプも点いてるし。湧いたのかな。
でもやっぱり不安なのか、高橋はすぐにこっちに来た。
「やっぱり、机や椅子よりも電球を何とかするべきでした…」
「気づいてよかったぜ」
「でも外、けっこう明るいですね」
校舎と校舎の合間から、月がハッキリ見えた。満月に近い気もする。そういやニュースでやってたっけ、百何十年かぶりの、年に3度目のお月見とかなんとか。あー月見団子食いてー。
「…高橋」
「はいっ!」
「昨日はごめんな、ほんと」
窓につきそうなぐらい顔寄せて、そのきれいな月を眺めてたけど。俺の言葉にこっちを向いて、少し、唇を噛み締めた。
「…丸井くんが悪いんじゃないです。あたしが」
「いや、一方的に責めちゃったし」
「いえいえ!…本当なんです、仁王くんと手繋いだの」
それから、昨日、ていうかここ数日の話を聞いた。聞いてなんてゆーか。
とりあえずあの三人をぶっ飛ばしたくなったのと、あと、
胸が痛くなった。なんでかな。
俺のことで頭いっぱいって、言ってくれてたし、今もそうだって言ってくれたけど。
これからもそうだと言い切れる?それは聞けなかった。
両思いのはずなのに、なんだよこの気持ちは。
「ぎゅってしていい?」
「は、はい!是非!」
これだけじゃたぶん終わらないけど。もっともっと、いろんなことしたい。今日はもう止まらないと思う。
気持ちだけじゃなくて、体も欲しいから。
それは好きだからであって、早く全部を俺のものにしたいっていう独占欲や焦りだと、わかってたけどわかりたくなかった。
「…俺、お前のこと」
「はい…」
「見た目がいいからとか、外見でなんて思ってないから」
「…はい、わかってます」
「疑ってたじゃんよ」
「それは…乙女心です」
「なんだそれ?」
包み込んだままキスをしたら、お互いほっとしたせいかそのまま力無く座り込んだ。
大好き。すべてを俺のものにしたかった。
いつだって思い浮かぶのが俺であるように、俺に染めたかった。
1時間後。手繋いで歩く帰り道。噂の月は、下から見てもすげー明るくてきれいだった。
さっきまでのことを思い出すと、照れる気持ちとふわふわ舞い上がる気持ちがある。
ただ、それは俺が男だからであって。女である高橋は………。
「まだ痛い?お腹とかは大丈夫?」
「大丈夫です!たぶん」
「具合悪くなったら言えよ。湯たんぽ持って駆けつける」
「ありがとうございます!」
幸せ。幸せ。大好き。ほんとに幸せ。
けど、こんなとき、女の子はほんとはどうなんだろな。痛い思いして刻まれる。男と比べると人生できっとずっと残る、大きな節目になるんだと思う。高橋にとって、それは俺。それはいいことなのか。
高橋も俺のことが好き。それは言われなくてもわかってる。そして受け入れてくれたから、それが何よりうれしいこと。
ただ今日俺は、こいつが好きってだけの気持ちで動いたわけじゃなかった。
早く自分のものにっていう、汚い独占欲と身勝手な焦り。それがある理由は好きだからかと言えば全力で肯定するけど。
高橋には言いたくない話。だからか、好きって言葉が嘘みたいになりそうで、結局出せなかった。