今日で中間テストも終わり。あーようやくこれから思いっきり部活もできるし遊べるぜ。
高橋…じゃなかった、裕花な。あいつともデートしたいしな。
…ていうかやっぱり裕花って名前で呼ぶのは照れんな。まだ本人に向かっては言ってないけど。言えるかな。
そう、テスト終わって晴れ晴れ、席で伸びてた俺に呼びかけが。担任の先生(女)だ。
「何スか?」
「ちょっと職員室まで」
職員室…?いやいや、テスト終わったばっかだし結果はまだ。普段の素行もそんな怒られるようなことはしてない。つーか変に動揺したらまた買い食いしてんのがバレちまう。先生はまだしも真田にバレたらやべーからここは平常心で。
と思いつつ、職員室まで行くと、
先生に1通の封筒を差し出された。
「丸井、去年留学実力考査受けてたよね?」
「…あー、受けました」
「来年また受けてみないかなって思ってね。これは募集要項」
留学実力考査。立海では毎年やってて、一応担任とかの推薦で受験できる。で、それに受かった生徒は留学することができるんだけど、俺は去年受けてしかも受かって、ベルギーのパティシエ講座受講資格が手に入った。
でも結局辞退した。理由は、テニスを優先したかったから。
「去年は3年で部活も忙しかっただろうけど、来年はまだ2年だし、ちょうどいいんじゃないかな?」
「あー、そうっスね」
「私は丸井に是非って思ってるから、考えてみて」
「わかりました」
俺の小さい頃の夢はパティシエだった。だからこそ受けたんだ。そう決意したのは中2のとき。
でもその直後、幸村が倒れたり、俺もレギュラーとして成長してきてて、最後の夏にかけてやっぱり部活をって思ったから。
そのとき自覚したんだ。俺はパティシエにはなれないって。
そりゃ夢を持つのも追うのも楽しいだろうけどよ。ただ俺は、普通にテニスやったり友達と遊んだり、普通に進学するっていうことのほうが楽しいんじゃないかって、そう思っちまったから。
そんなこと考えてるやつには無理だろう。それぐらいわかるから。
ただ。ちょっと迷ってすぐ断れなかったのは確か。もう区切りつけたはずだったのに。
「丸井くん」
先生からもらった封筒を抱えて教室に戻ったら、入り口入るところで呼び止められた。
誰かと思って振り返ったら、I組の城崎さんだった。ラブレターもらって、一度デートしてくださいって言われて。あの超有名な俺も目をつけてたパンケーキ屋の割引券持ってたから、一緒に行ったんだよな。
あんときは高橋と仁王に会ってさすがに気まずかったけど。ていうかあいつらを見て腹も立ったけど。
今は結果オーライだ。あれがあってこそ、たぶんお互いの気持ちをハッキリできたと思う。
高橋のことを思い出して、さっきまで頭いっぱいだった留学の話はすっかり消え去った。もうその時点で、答えは出てたような気もする。
「なに?」
「あのね、これ」
差し出されたのは、赤い袋に入った……、
「ケーキ。丸井くんに作り方聞いたから、作ってみたの」
「おー、よくあんな口頭で覚えられたな」
「丸井くん教え方上手だったもん。だから丸井くんに食べて欲しいなって」
「くれんのか?」
「うん!」
「サンキュー!」
口頭とは言え、ちゃんとポイントとかは教えたし、きっとうまく出来てんだろ。
ラッキー、今日は部活前にジャッカルと駄菓子屋行こうと思ってたけど、行かなくてもよさそうだ。
クリスマスはまだ先だけど。今年は高橋がいるし、ケーキ作って何かプレゼントもしたいし。金貯めなきゃと思ってたからちょうどいい。
席戻ったらもうジャッカルは部活に行く準備をしてて、俺の席の横で待ってた。
「ケーキもらったのか?」
「おう。今日は駄菓子屋行かないぜ」
「…そっか」
その言葉に、何でかジャッカルがちょっと微妙な反応をした。
もしかしてこいつは駄菓子屋に行きたかったのか?
「…まぁ、お前がいいならいいけどよ」
「は?」
「いや、うまくいってんならそれでいいって話」
うまくいってんならって、高橋とのこと?なんかでも、このテンションは引っかかるな。
ていうか俺、ジャッカルに高橋と付き合うことになったって言ったっけ?言ってないよな?なんで知ってんだ?
…高橋から桜、赤也経由で伝わったのかな。
報告はしたいとは思ってたけど。なんかわざわざ言うの恥ずかしいし。テスト期間終わったら、高橋と一緒に帰ったりして、自然と察知してくんないかなって。俺が好きってことはバレバレなわけだし。
でも俺は、そんな悠長なことを考えてる場合じゃなかったらしい。
「え、なに、もう一回言って」
「だから、お前さんと城崎が付き合っとるって、噂になっとるんじゃ。知らんかった?」
テスト明けの久々の部活。高橋もこないだ、また練習始めようかなって言ってたんだ。桜もたまにならいいって言ってくれたって、喜んでて。
でもなかなかこなかった。たぶん男子コートの隣りでやるだろうと思って見張ってたんだけど。
そしたら仁王が俺に耳打ちしてきた。練習中だから堂々とはしゃべれない。
「はぁ!?」
「声デカいぜよ」
前も思ったけど、やっぱりちょっと高橋と似てきたかも。
これからどんどん似てくのかな。うれしいけど男としてはクールでいたい。
……ではなくて。
「なんだよそれ。何でそんな噂があんの?」
「知らん。ついでに、あいつは湯布院と付き合っとるって噂にもなっちょる」
「はぁ!?湯布院て、あの告白してたやつ?」
「そう」
意味わかんねぇ。俺と高橋がってんならわかるけど。というかそれは事実だけど。
…あれ、そういや俺、城崎さんにちゃんと断ってなかったっけ?断ってなかったか?断ってないか?
高橋も、あのときはタイミング逃したって言ってて……まだ断ってねーのか?
「しかもな、最悪なことに」
「ん?」
「お前さんがさっき城崎にプレゼントもらって相当喜んでたのを、見たって」
「……誰が」
「あいつが」
あいつってあいつって……、
高橋の裕花ちゃん?
いや、それはほんと俺が悪い。ちゃんと城崎さんに断ってなかったし、さっきもお菓子代が浮いたなんて喜んでたけど。あれもほんとは断るべきだった。今さら気づいた。
「あいつも混乱しとって。どーしよって」
「……」
「で、さっきお前さんとこに話しに行ったら見ちゃったって」
「……」
「自信なくして帰りましたとさ。早かったのう、別れるの」
別れねーよ。でも、言い訳はできない。土下座でも何でもして、謝ることは出来るけど。
一応、仁王は高橋んちの電話番号を教えてくれた。
でも家だし、親が取ったりあいつが出てくんなかったらどーしよって思って。
仁王いわく、あいつにも俺の携帯番号教えたらしいけど。かけてきてくれないかなって、またズルいこと考えて。
結局夜になってもかかってこなくて。時間ばっかり過ぎた。俺からはもうかけられない時間になってた。
自分が蒔いた種だけど。
さらに翌日、最悪な展開が俺を待ってた。