初めての彼氏。すーーっごくうれしい。丸井くんと出会ったのはほんの数ヶ月前だけど。その時間に関係なく、丸井くんへの思いは強い気がする。
はーじーめて〜会ーったとーきーから〜……なんちゃって。
「ずいぶんご機嫌じゃな」
今日は中間テストの日。席で一人こっそり歌っていたら、仁王くんに椅子を蹴られた。
…乱暴な。ちょっと優しくなったと思ってたけれど、教室内ではこの通り、当たりが厳しい。今日はちょっと不機嫌なのかしら。
「彼氏が出来て舞い上がってるんだろ?」
右側から、嫌味のような祝福のような声も聞こえた。幸村くんももう知ってるのか。丸井くんが言ったのかしら。
あたしは初めてだけに、付き合うことになったらどのタイミングでどの辺りの交友関係まで報告すればいいのかわからなかった。中学の頃は隠して付き合うカップルもいたけれど、丸井くんは別に何も言ってなかったし。
でも幸村くんは知ってるみたいだし、それならきっと仁王くんも知ってるから、丸井くんが報告したんだろうな。
じゃああたしも………、唯一の友達とも言える切原さんとサード先生に報告しよう。
「おはよー」
切原さんがやって来た。あのサード先生からの手紙には、感謝の言葉とともに学校でみんな待ってるからと書いてあったらしい。やっぱり先生は優しいですなぁなんて思った。
結果は残念だったけれど、切原さんにも前を向いて欲しいですね。ふふー、あたしってばちょっと上から目線だったかな!彼氏いるし!
「あ、そーいえばさ、裕花」
切原さんに呼ばれて後ろを振り返った。
…あ、もしかしたら切原さんももう知ってるかもなぁ。丸井くんから切原くんに報告して。おめでとうって言われるかも。
「アンタ、付き合うことにしたんだって?」
「はいっ!」
堪えようと思っても堪え切れず、きっとあたしはめちゃくちゃ笑顔だったに違いない。さぁ、おめでとうと言ってください!って顔だったと思う。
そのせいかな、幸村くんは軽く微笑んでるけど、切原さんと仁王くんは訝しげな顔してる。
「…丸井も、だって?」
「はいっ!そーなんです!」
「ふーん」
丸井くんもあたしのことで頭がいっぱいだったみたいで!照れるなぁ何だか。
…というか、あれ?……なんか変な空気。
切原さんも仁王くんも同時にため息をついた。
なんで?
別にそんな盛大に祝福して欲しいわけじゃないけれど。何だか真逆の反応をされるとちょっと……、
「まぁすれ違いなんてよくあることだよ。男女関係は特にね」
微妙な空気の中、幸村くんがよくわからないことを口にした。
幸村くん自体、あたしにはよくわからない人だけど、この言葉は本当に意味不明。
「…すれ違い……とは?」
「俺に言わせるのかい?さすがに言いづらいんだけど」
幸村くんはその言葉の意味を言いたがらなかった。いつもは余計なことまでズバズバ言うのに。
ますます気になって、仁王くんのほうを向いたら、まぁなんと機嫌の悪そうなお顔で。
「…せっかく応援しとったのに」
そう呟いた。
ますますますます意味がわからない…!
そうこうしているうちに先生がやって来た。朝の簡単なHRを済ませて、この後は。
…そうだ、テストだテスト。一時間目は数学。さっきの彼らの話はよくわからなかったけれど、しっかりテストを受けないと。
テスト用紙が配られて、後ろの仁王くんに回した時。
仁王くんから、ぐしゃぐしゃに丸められた紙を手の中に入れられた。
何だろう。手紙かな。これからテストだから、こんな紙持ってたらカンニングだと思われちゃう。
でも気になって。先生に見つからないようにこっそり開けて確認した。
“ブン太のことはふったのか?”
……ふったって、フった?告白を断ったという意味?
いやいやいや、フったどころかむしろあたしから頭いっぱいですって言ったわけなんだけど。その後丸井くんから付き合ってって言われて、はいって答えて、じゃあ今度から名前で呼び合おうって。
…そうだった、丸井くんじゃなくて、ブンちゃんだった。まだ慣れないというか気恥ずかしいな照れるな。丸井くんからはまだ裕花って呼ばれてないけど。
……ん?でもさっき、彼氏出来てどうのとか、付き合うことにした云々って話はあったはずだけど。
何、この噛み合わない感満載なやり取り。
まったくもって意味不明で。なかなか集中出来なかった数学は、結果が怖い。
その後の休憩時間。あたしは仁王くんを引っ張って、屋上のほうに向かった。
「物理の勉強したいんじゃけど」
「大丈夫ですよ仁王くんなら!」
「お前さんほど余裕はないぜよ。いーのう、ド理系頭で」
「仁王くんだって理系じゃないですか!あたしさっきの数学散々でしたよ」
「……」
ぶつくさ文句を言う仁王くんを促して屋上への鍵を開けさせた。廊下や階段だと、ちょこちょこ人もいるし。
「…で」
「……」
「さっきの手紙はどういうことですか?」
「どーいうって。まんま」
「意味不明です。丸井くんをフったって。だってあたしたち……」
あたしたち、付き合うことになったんだよね?そういう話だったよね?
…え、まさか夢?あれは気のせいだった?そんなはずないよね。だって丸井くんに抱きしめられたしキスしたし手繋いで帰ったし。
それと、切原さんが言ってた。あたしに付き合うことにしたんだって?って聞いた後、丸井も?って。
あたしが丸井くんをフったって勘違いされてるなら、おかしい。この話は噛み合ってない。
「あたしたち、なに?」
「…え?」
「お前さんとブン太が、なに?」
「えっと、付き合うことになったんですけれど」
「は?」
仁王くんは、それはそれはビックリしたような、ポカンとした顔をした。
いやいや、あたしだってポカンだよ。これを丸井くんに聞いて、彼氏出来てご機嫌ってくだりになったんじゃないの?
「お前さんは今、ブン太と付き合っとるんか?」
「は、はい!そういう話になったので。あの、切原さんのお見舞いに行ったとき」
「じゃあ湯布院は?」
「湯布院?…って温泉ですか?」
「城崎は?」
「城崎……それも温泉ですか?」
今度はあたし以上に、仁王くんは混乱しているようだった。あたしだってそうだけど。いきなり温泉地の名前挙げられて、さっぱり。温泉だけに。
一度大きくため息をつくと、仁王くんはやっと教えてくれた。この噛み合わない話の真相を。
どうやら今この立海内はとある二つの話題で持ち切りらしい。
一つは、あたしが湯布院くんと言う男子と付き合うことになったということ。
もう一つは、丸井くんが城崎さんと言う女子と付き合うことになったということ。
なるほど、温泉のことではなく湯布院も城崎も名前だったのね。うちのクラスには別府さんもいるし、何だか温かい学校ねって………、
「ええええー!?」
「俺こそええええーじゃき」
「なんでなんで!?どーして!?湯布院くんて誰!?」
「お前さんに告白しとったじゃろ、そこの階段で」
「あの人か!じゃあ城崎さんて…」
「ブン太にラブレター渡したやつ。こないだパンケーキ屋で一緒におった」
あのかわいい女の子は城崎さんて言うのか。そしてあたしに告白したのは湯布院くん。名前聞いたはずだったけどすっかり頭から抜けてたんだ。
「そろそろ教室戻らんと」
「ま、待って!」
「……」
「ど、どーすれば…」
屋上を出て行こうとする仁王くんの腕にしがみついた。
だってもう何が何だかわからない。こんな偽情報が横行して、いきなり温泉地の名前が行き交って。誰が言い出したのか、何でそうなのか。
仁王くんには関係ないし、これ以上迷惑かけるわけにもいかない。
でもどうすればいいのかわからなくて。
まずは丸井くんに持ち出すべきなんだろうけど。何でだろう、ちょっと怖い。
湯布院くんからの告白の返事を、あたしはまだしてなかった。
それと同じく、丸井くんも城崎さんに対して断ってないってこと。
丸井くんと付き合うことになって浮かれてたけど、大事なことが欠落してたような気がする。
ごちゃごちゃ考えてたら、仁王くんはあたしがしがみついていた腕を強引に振りほどいた。
…あ、すみません、馴れ馴れしかったですね。いつの間にかあたしは仁王くんを頼りに思ってたのかな。あんな意地悪で嫌われてるとさえ思ってたけれど。
「あのな。ブン太と付き合っとるんなら、今みたいなことはもうダメ」
「す、すみません…」
そんなことを言いながら。
仁王くんはあたしの頭をポンポンと撫でた。
そうか、確かに付き合ってるなら、他の男子とそんな身体的接触はまずいわけで。
…頭撫でるのもダメな気はするけど。
「ブン太は知っとるかわからんけど、この件」
「……」
「話し合ってみれば?噂を消すのはなかなか難しいがのう。誰が言い出したのかもわからんし」
…そうだよね。ここで仁王くんに泣きついてもしょうがない。怖がってもしょうがないから。ちゃんと丸井くんと話さないと。…いや、その前にまずは湯布院くんにしっかり断りを入れるべき?丸井くんにも、城崎さんに断ってもらって。
「貴重な休み時間をすみませんでした。ありがとうございました」
「どういたしまして。…しかしお前さんもなかなかじゃな。かけ引き」
「え?」
「いや、独り言じゃき」
またよくわからないことを呟いた仁王くんだったけれど。
とりあえずアドバイス通り、丸井くんに話してみよう。
…そう言えば丸井くんて携帯持ってるよね。番号聞いておけばよかった。
テスト期間終わったら、放課後とか休日とか会えるかな。でも約束とか特にしてないし。
よし、テスト終わったら丸井くんのところに行こう!