それは目の前にあるので

「つまりそのー……」



丸井くんは黙ってしまった。すごくすごく言いづらそうで。というか恥ずかしそうな照れたような感じで、頭も掻いてて。

こないだの子とは何もないと言ってた。他の人とは付き合う気はないって。仁王くんの言った通り。そしてあたしの願っていた通り。

……他の人とは?じゃあ誰と付き合う気があるの?



「ええええー!?」



今さら驚いて声を上げたら、丸井くんはビクってなった。そりゃそうだ。このとても見晴らしの良い場所からは、もしかしたら町中に響き渡ったかもしれない音量。
おまけに丸井くんは何かを言いかけて躊躇っていたから、それはそれはビックリしただろう。申し訳ない。



「驚かせちゃってすみませんっ!」

「…い、いや、大丈夫」



今回ばかりは全然大丈夫そうじゃない丸井くん。胸に手を当ててる。申し訳ない。

でもあたしもビックリした。そうじゃないかなって、そうだといいなって、期待してはいたけれど。
違うんじゃないかって、思うこともあって。

丸井くんに、もしいいと思うならあのラブレターの子と付き合えばって、そういうニュアンスで言ったのはあたしだし。丸井くんが元気ならそれでいいとも思ったし。

でも言った後で、あたしは元気がなくなった。ずいぶんと自分勝手だって、そう思うけど。
でも丸井くんも元気がなかったらしい。あたしにそう言われたことや、仁王くんと一緒にいるところを見たことで。…今日の告白(名前不詳)は置いといて。

つまり。つまりつまり………、
この先のことを考えて、あたしの胸は痛いくらいドキドキしてきた。



ようやく落ち着いてきたのか、丸井くんはふぅーっと深呼吸した。

もしあたしの期待通りなら、例えさっきのが落ち着いたとしても、丸井くんもきっとドキドキしてる。あたしと同じ意味で。

あたしは丸井くんの手を取った。



「え、なに」

「いや、脈を確認させてもらいたいので」

「…脈?」

「丸井くんもドキドキしてるかなぁって」



指3本で触知。…わからない。丸井くんはわかりづらいタイプなのか。けっこういるよね、手首では脈が取りづらいタイプ。



「してる?」

「うーん、わかりません。ちょっと頸動脈か腋窩動脈を確認させてもらっていいですか……っ」



丸井くんの首に手を当てようとした瞬間。
丸井くんは、あたしの頭を胸に抱き寄せた。

そしてさっきみたいに、またふぅーっと深呼吸…いや、ため息?



「…お前さぁ」

「は、はいっ」

「こんなときに何ボケかましてんだよ」

「す、すみません!ドキドキしてるか確かめたかったのでっ」

「それは普通心臓だろぃ。手の脈速かったら俺ただの不整脈じゃん」

「…あ、そう言えばそうですね!丸井くん物知りですね!」

「ウチのばーちゃんがちょっと不整脈あんだよ」

「なるほど!」



なるほどじゃねーよって、また丸井くんは今度はハッキリ区別できるぐらいの、ため息をついた。
…呆れてるのかな。丸井くんですら呆れさせてしまうなんてあたしは本当に頭が残念……、心臓?

丸井くんにぎゅっと抱えられてるあたしの頭。ちょっと向きを変えて、耳を澄ませてみた。



「…してる?」

「……してます!」

「言っとくけど、さっきのデカい声にビビったからじゃねーからな」

「それぐらいわかってますよ!」

「お前は怪しい」



それは否定できないけれど。

丸井くんもドキドキしてる。あたしと同じくらい。
もっと聞きたくてぎゅっとしたら、もっともっと丸井くんは、ぎゅーっとしてくれた。

言えそう。言ってみよう、正直に。今のあたしの気持ち。



「丸井くん、聞いていいですか?」

「んー」

「前に、俺のこと考えといてって、言ってましたよね。頭の片隅ででも」

「…言った」

「その件をですね、切原さんとサード先生に相談したら…」

「だから相談すんなって!」

「す、すみません!」

「…あー、もーいい。で、聞きたいことは?」

「えっと……あれは、まだ有効ですか?」



もしそうなら。
いや、そうじゃなくてもあたしはもう、次の言葉は決まってる。



「……うん」



あたしも今は元気がないというか、いつもと全然違って静かめだけど。ちょっと叫んだのは置いといて。

丸井くんも元気がないというか、おとなしい。今の声も、とても小さかった。ぎゅって腕の力は強くなったのとは反対に。

でもあたしの言葉はもう決まってるから。



「あたし、片隅どころか丸井くんで頭がいっぱいです」



思い切って伝えると、丸井くんはガバッと体を離した。残念だな、もっと包まれていたかった。



「お前さぁ…」

「は、はいっ」

「…………いや、何でもね」



そう言って丸井くんは、またあたしを抱きしめた。あったかい。というか熱い。お互いの熱気で。
思い切って言ったから、体が興奮してる。



「…俺も、言いたかったんだけど」

「え?」

「だから、そのー…頭がいっぱいってこと。お前で」

「……えぇ…っ」



叫びそうになったあたしの口は、丸井くんの口に塞がれた。いつもは仁王くんの手だけど。丸井くんもあたしの叫ぶタイミング、わかってきたのかな。

でもこんなふうに塞がれるのって、いいなぁ。

ちょっとしてから離れて、丸井くんはキョロキョロした。そう言えば、さっきは人がちょっといたけど。今は周りに誰もいない。よかった、こんな状況はさすがに他人でも見られるのは恥ずかしいし。

その間もずっとジッと見ていたら、丸井くんもこっちを見て目が合って、気恥ずかしそうに笑った。



「あー…のな」

「はい…」

「……俺と、付き合ってください」

「は、はいっ!」

「え即答?俺ダメなんじゃねぇかって思ってすっげー躊躇ってたのに…!」



文句のような、少し不満気なような言葉だけど。少し笑いながら言った丸井くんは、とてもうれしそうだった。

それがすごくキラキラして見えた。
前にそう感じたのは、気のせいじゃなかった。
今日見た素敵な夜景よりもずーっと、丸井くんのほうがキラキラしてる。



「あともう一個な」

「はいっ」

「敬語はやめてください」

「………はー…い」

「何でそれは躊躇うんだよ」

「い、いえ!努力します!」

「ん、期待してます」



とりあえず名前を呼ぶことから始めよーぜって言われた。…ブン太、とは言いづらいので、ブン太くんかブンちゃんかブン太さんかブンさんかっていろいろ提案したけど。
まぁ丸井くん以外なら呼びやすいのでいいって言ってくれた。じゃあ丸井でって言ったら膨れちゃったので、ブンちゃんにした。

前に会った弟さんと同じ。何だか急に、丸井くんに近づいた気がした。家族のような。そんな気持ち。



帰り道。丸井くんはわざわざあたしの駅まで来て、お家まで送ってくれることになった。
そしてあたしは何か言い忘れてるような気がしてた。丸井くんもまた何か言いかけたりそんな雰囲気をしてたんだけれど。

そう言えば、丸井くんは何であたしなんだろう。付き合うってことだからあたしがいいんだろうけれど。つまりは……好き?



「あのー、丸井くん」

「ん?」



暖かい丸井くんの手は、さっき自然とあたしの手を捕まえてくれた。キスも抱き合ったりもしたけど、手を繋ぐのも、何だかいいなぁ。



「聞きたいんですが」

「うん」



丸井くんの手のことを考えてて、聞きたいことを頭の中でまとめられてなかったことに気付いた。

その聞きたいことはただ一つ。
あたしのこと好きですかって。ついでに、どこが好きですかって。…一つじゃなかった。

でもよくよく考えると、そんなこと直球で聞けない。恥ずかしい。付き合っていって、もっと仲良くラブラブになったら聞けそうだけれど。

丸井くんはいつものように、あたしからの質問はしっかり聞いてくれる、きっとそのつもりであたしの言葉を待ってる。……えーっとえーっと。



「…ど、どうですか?」

「何が?」

「そのー…………、これからどう付き合っていきたいですか?」



何だこの就活の面接みたいな質問。入社したらどういったことをしたいですか?みたいな…!

丸井くんも、え?みたいな感じで、しかもちょっと困ってる。そりゃそうだ。こんな変な質問。



「…あー、まぁ普通に、だな」



そんな変な質問なのに、律儀に丸井くんは答えてくれた。



「一般的に、恋人らしいことはしたいと思ってるけど」

「な、なるほどー!」

「そーだな、デートはもちろんしたいし。メールはできないけど、こうやって手繋いだり、…キスとかしたり、とか」



なるほどなるほど。あたしもそうです。
…でも待てよ。それだと今まで通りになるか?いや、でもそれ以外もあるだろう。一般的な恋人なんだから。



「…お前は?」



もうちょっとしたらあたしの家に着く。この曲がり角曲がって数十m。丸井くんは来たことないけれど、少しずつあたしの足が遅くなってきたことで、予測は出来てるのかもしれない。



「あたしは仲良くしたいです!ラブラブな感じで!」

「あ、お前もそう思う?」



よかったーって、小声で丸井くんは呟いた。

こちらこそよかった。変なこと聞いちゃったのに。お互いの意見は一致していたらしい。もうちょっとあたしの考えを伝えたい。



「例えば、ケンカしてもちゃんと仲直りしたり!」

「…ん?……まぁそうだな」

「ケンカした翌日は、花束とケーキを買ってきて仲直りしたり!」

「確かにケーキは欲しいな。花束はー…いるか?てか何でケンカすること前提なの?」

「それが一般的な恋人だと思うので!」

「…あーそう。そうだな。そう言う意味だよな、お前は」



何だか丸井くんはちょっとガックリきてるよう。あれ、ちょっと意見違った?一般的な恋人って、そういうことじゃなくて?

少し項垂れた丸井くんの顔を覗き込むと、何だかちょっと膨れた顔だった。



「…丸井くん?」

「丸井くんじゃねーだろぃ」

「あ!ぶ、ぶんちゃ……っ」



丸井くんだって、あたしのことまだ裕花って呼んでないのに。
そう頭を過ぎりつつ、丸井くんはまたキスをしてきた。誰か近くにいないか心配だなーとか、万が一うちの親がいたらどうしようなんて考えてたら。

唇を舐められたと気づいた後、口の中が熱くなった。ドキッとして目を一瞬開けてしまったけど、丸井くんの目を閉じた顔にもっとドキッとして、またぎゅっと瞑った。
音がする。周りは静かで何の物音もしないから。ドキドキするお互いの心臓が、本当は外に聞こえるはずもないのに。身体中熱くなった。



「…一般的って、こーゆうことだから」



しばらくして唇は離れたけど、身体はくっついたまま。丸井くんの吐息が耳にかかって、もっと熱くなった。

なるほど。こういうことですね。
…叫ばないよ。わかってる、と言えばわかってることだから。あたしだって高校生だもの。保健体育で習ったもの。

あたしは密かに決心した。丸井くんに、すべてを捧げるって。
まだ恥ずかしいから黙っているけど。

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