恥ずかしいんだけど

俺は仁王と約束したはずだった。いや、約束したというかさせられたというか。とにかく放課後赤也んち集合って言われて。俺は行かないって言っても、“あのことバラす”って脅されて。仁王なんかに打ち明けるんじゃなかったぜ。

で、赤也んちに行ったわけだけど。赤也もテスト前でもうウチにいて、当然休んでるっていう桜もいたわけ。

で、仁王からメール。
“急用思い出したから今日ドタキャンするぜよ”と。“ジャッカルも腹痛らしい”と。

もうな、こんなあからさまな嘘に引っかかる俺じゃねーよ。ってすでに引っかかってここに来ちまったわけだけど。



「こ、こんにちはーっ!」



しばらくするとデカい声で人ん家なのにノックすらせず、高橋はやって来た。どうやって仁王に復讐するか、仁王は無理でもどうやってジャッカルをボコボコにするか、それを考えてたせいか、いきなりの登場に心臓が痛い。

俺らのいるリビングに入ってまず、俺のほうを見てきた。



「ま、丸井くん、もう来てたんですね!」

「…おう」

「あれ、仁王くんと桑原くんは…」

「仁王は急用。ジャッカルは腹痛だって」

「…えええ!?」



まぁその反応は普通だな。

こいつも、俺とは気まずいって絶対思ってる。今日の昼もこないだも、俺の顔見てうわーって顔してたし。今もなんか挙動不審だし。
なのに普通にここ来るし。何なんだよ。俺もだけど。

…ていうかこいつ、一旦家帰ってきたのかな。昼は普通だったのに、なんかまた化粧してやがる。ケバいのはやめろって言ったのに。
ああでも俺が知らないだけで、今は化粧もよくしてんのかな。仁王といたときも、化粧はしてなかったけど髪はなんかかわいくまとまってたし。



「あ、高橋サンお茶!」

「は、はい!ただいま!」

「あたしコーヒーね。砂糖ナシのミルク入り」

「了解です!」



だから、何で高橋がお茶の準備するんだよ。この家の主はお前らだろうが。

と思ってたら、赤也がぐいぐい俺を押してきた。



「ほらほら、丸井サンも準備手伝って!」

「…は?」

「高橋サン、なんかお菓子買ってきてくれたみたいっスよ!」



よく見たら、高橋はケーキっぽい袋を提げてた。

あんま気は進まなかったけど。確かに一人で準備させるのは悪いし、このバカ姉弟はゲームやってるし、
とりあえずキッチンの、高橋のそばに向かった。



「これ、買ってきたの?」

「…あっ!そ、そーです!仁王くんに言われて!」



挙動不審ながらもテキパキ準備は進めてて、別に俺こっちに来なくてもよかったんじゃないかって思った。気まずいし。

ここからはあっちの、テレビ画面に食い入ってる二人は見えない。
…話すチャンスかな。何か話題は……、



「あの、これ」

「ん?」



キョロキョロ、あっちの二人の方を見たりキッチンごちゃごちゃしてんなとか思ってたら、高橋は買ってきたケーキの箱を開けて、俺に見せた。



「仁王くんに、丸井くんの大好物だって聞いたので!」



見たら、確かに俺の好きなケーキ屋のやつだった。わざわざ買ってきてくれたのか。俺が好きって聞いて。

つーかさっきからなんだよ仁王仁王って。こないだもデートしてて。
あのあと仁王を問い詰めたら、“モデルしてもらった給料代わり”だと。ちゃっかり写真売りさばきやがって。おかげで在庫切れだってよ。データも削除したってよ。まずは俺に寄越せよ。

でも一つ聞いた。というか軽く説教された。



「…あのさ」

「はいっ!」



ごちゃごちゃしたキッチンの棚からテキパキ、皿を取って、きれいに並べてる途中、振り返った。



「こないだの、だけど」

「…は、はい」

「そのー……全然似合ってなくはなかったからな」



ポカンとした顔の高橋。俺もポカン。だって自分でも何言ってるかわかんなかった。全然似合ってなくはなかった?何が?しかも否定の否定でどっちなんだか、瞬時に判断出来ない言い回し。

高橋もよーくよく考えてるような感じだった。でも答えは出なさそうだった。



「だから、えーっと、一回しか言わないけどな」

「…はい」

「あの服だよ、メイ…ウエイトレスの」

「……」

「…か……わいかったような気がする」



気がするって。何を言ってんだよ、めちゃくちゃかわいかったじゃねーか。それを他の名前も知らないようなやつらに見られるのが嫌で怒ってたのに。

で、仁王に説教されたんだ。相当落ち込んでたって。丸井くんに似合わないって言われて恥ずかしくて黒歴史過ぎて飛び降りたいって言ってたって。
いや俺も似合わないまではさすがに言ってないけど。確かにそう取られるニュアンスと雰囲気はしてたし。

あーでもやっぱ恥ずかしいな。かわいいって言うの。ずいぶん遠回しというかむしろ嫌味っぽい言い方になっちまったけど。

こいつもなぁ。裏とか読めるタイプでもなさそうだし……、



「…ま、丸井くん」

「なに……っ」



自分の言葉が恥ずかし過ぎて、さっき以上にキョロキョロしてたら。
手首掴まれた。



「あたし…、元気ないんです」

「え」

「文化祭のとき丸井くんを怒らせちゃったし、こないだデートも見ちゃったので」



ああ、それで。…それで?

俺のこと考えて元気ないと。つまりは意識してると。そういうこと?

いつか話した、お願いした、俺のこと考えてって。実際そうしてくれてたわけ?



「俺だって元気ねーよ」

「……」

「お前にあんなこと言われるし、仁王と遊んでんのも見たし」

「…あんなこと…とは?」

「付き合えばみたいなこと言っただろぃ。手紙のやつと」



それは…!って何か言い訳しかけてたけど。
掴まれてた手を回して、今度は俺が腕を掴んだ。そしたら黙った。

そんな顔で見んなよ。ドキドキする。



「今日告白もされてただろ」

「…あ、まぁ」

「付き合うの?」

「いえいえいえ!断ります!ちょっとタイミングを外してしまったので…!」



まぁそうだろうとは思ってたけど。
ていうか、そうであって欲しかった。

誰にも渡したくない。さっきの話だと、その俺の願いは叶いそうなんだけど。



「俺も元気ないから」

「…は、はい」

「目瞑って」



そう言うと素直にしっかり目を閉じた。またやっちまうんだ、大事なことは言わずに。

でもこいつも元気ないって言うから。それを待ってるような気がして。二人だけの合言葉みたいな。そんな感じ。

こんな汚いキッチンなんかで、雰囲気もあったもんじゃないけど。
でもドキドキする。俺はやっぱり高橋が好きで……、

汚いキッチン?



「ちょっと、コーヒーまだー!?」

「姉ちゃん、あっちは二人の世界だから!」

「二人の世界?人ん家で?」



…危なかった。あとちょっとでキスするところだった。忘れてたけどここは赤也んち。汚いキッチンでお茶の準備をしてたんだった。見えないけどすぐ向こうにはあいつらもいる。

パッと目を見開いた高橋と、一瞬止まったあと笑った。



「…とりあえずティータイムということで」

「は、はいっ!」



久しぶりに見た、キラキラした笑顔。

高橋の目にも、俺はキラキラして見えるのかな。…この感触だとそう期待する。

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