どこで何してるのかな

丸井くんが女の子といた。あたしは顔も名前も知らない。でもすごくかわいい子だった。

そう言えば仁王くんが言ってたな。丸井くんにあのラブレターを渡すとき。むちゃくちゃかわいい子だったって。
つまりあれがそうなんだ。



「おーい、どこ行くんじゃ」

「……」

「そっちは何もないぜよ」



仁王くんが、置き去りにする勢いで速歩きするあたしの手を掴んだ。

あたしたちがあのお店を出るとき、丸井くんはもういなくなってた。
あの子と別のどこかに行ったのかな。今どこにいるんだろう。何してるんだろう。

付き合うことになったんだろうか。



「この後もヒマじゃろ?」

「…え、まぁ」

「じゃあちょっとついてきて」



そう言うと仁王くんは、あたしの手を握ったまま歩き出した。こんなんじゃ、周りから見たら本当に彼氏彼女だ。
仁王くんは誤解されてもいいのかな。

というか、何故仁王くんは何も聞かないの?明らかにあたしは不自然なわけだけど。いや、別に話を聞いて欲しいわけじゃなくて。仁王くんに話せる内容じゃないし。

でも何か、全部わかってそうだな。
あたしが落ち込んでる理由。あたしでさえよくわかってないこの気持ち。



「…ところで、どちらに行くんですか?」



仁王くんに引っ張られて電車に乗った。こっちは学校方面だけど……、



「俺の家」



あー、学校方面ってだけじゃなくて、仁王くんちもこっちなのか。

ということは、今日の待ち合わせ場所はあたしに合わせてくれたのか。
やっぱりちょっと、優しくなってる。

……あれ?家?



「あのー、聞きたいんですが」

「どうぞ」

「お家に行って何をする…」

「セックス」

「なるほど、せっ………!?」



電車内とは言え、叫んでもしょうがない状況。
でもやっぱり仁王くんはあたしのタイミングをわかってるらしく、叫ぶ前にちゃんと口を塞いでくれた。

おかしそうに笑いながら。



「嘘に決まっとるじゃろ」

「モゴモゴ…!」

「じゃなくて、学校行く」

「…モッゴー?」

「お前さん、最近テニスやってないじゃろ。俺と勝負ーじゃ」



ストレス発散になるんじゃなか?そう、またあの顔で笑った。



「ネット張るの面倒じゃき、とりあえずあるていで」

「は、はいっ!よろしくお願いします!」

「おう、よろしく」



学校ついて、まずは男子テニス部の部室に向かった。そこからボールと誰のかわからないけどラケットも拝借。鍵かかってるんじゃないかなって思ったけれど、仁王くんは鍵を持ってた。
…普通1年は持たないよね。どうやって入手したんだろう。



「ははっ、もっと走りんしゃい」

「ちくしょー!」

「ほれほれ、次はあっちじゃ」

「くっ…、それ!」

「お、ナイスロブ。ほうら、凍れーなんてな」

「あーっ!」



さっんざん、右へ左へ前へ後ろへ走らされた挙句、あの氷帝の部長の必殺技を受けてあたしは力尽きた。

仁王くんは意地悪じゃない。ドSだ…!あたしが転げ回る様がよっっぽどおもしろいんだろう、さっきから笑いが止まらないらしい。

おかしいな、あたしもそこそこうまかったはずなのに。青学レギュラーだったのに。
やっぱり全然練習やってなかったら、こうなっちゃうか。

前に丸井くんとテニスで決闘したのを思い出した。丸井くんは、あのときあたしに対して怒ってた、というか少なくとも敵対心は持ってて。
でも、手加減してた。それなりに続くようにしてた。

仁王くんは単におもしろがってるだけだろうけど。

丸井くんは最初から、優しかった。



「そろそろ休憩するかの、腹痛い」

「笑い過ぎ!バカ!バーカ!」

「お前さんにバカと言われるとは心外じゃき。ちょっと待っとって、ジュース買ってくる」



そう言って仁王くんは、トコトコ歩いて自販機のほうに行った。あたしはすごく疲れたので、コートを囲む石段に座った。

ああ、すごく疲れた。でも、
楽しかった。全然、仁王くんの相手にはなれなかったけど。久しぶりにやった、テニス。やっぱり楽しいなぁ。
仁王くんもだけど、あたしもいっぱい、笑った。

英二くんを思い出すからテニスはもう嫌だなって、思ってたけれど。
今度はこのテニスは、丸井くんを思い出してしまう。

ただ、やっぱりやるのは楽しい。
仁王くんの言った通り、ストレス発散になってる。…また月曜日から始めようかな。切原さんも何とか連れてきて。隣りに丸井くんのいる男子テニス部もあるけど。見ちゃうと、また苦しくなるかもしれないけど。

丸井くんは今、何してるのかな。さっきのあたしみたいにいっぱい笑ってるかな。元気かな。

…あれ、何でだろ。何でだか、視界が歪んできた。ゆらゆら、コートが滲んでる。

ポタポタとあたしの膝に落ちてきた。涙。
それと同時だったろうか、背中から誰かに包み込まれた。
誰かじゃない、仁王くんだ。



「お疲れさん」

「……」

「ジュース飲めるか?」

「……」

「開けたから、ほら」



仁王くんは、あたしを後ろから抱えたまま、缶ジュースをあたしの口に持ってきた。

その仁王くんの手の上からあたしもジュースを握って、ごくごく飲んだ。ポカリだ。よかった、汗もかいたし涙も出ちゃって水分足りなくなっちゃうところだった。



「うまいか?」

「……うん…っ」

「そらよかった」



仁王くんはあたしの頭をポンポンとすると、何も言わずにまたギュってした。

ドキドキは、一応する。仁王くんも男の子だし。かっこいいって言われてるし。

でも何かちょっと違う。丸井くんにこないだ抱きしめられたときは、ドキドキもあったりそわそわもあったりあったかいような熱いような、頭の中が真っ白だった気がした。



「今頃ブン太も、こんなことやっとるんかのう」



丸井くんは今どこにいるんだろう。何してるんだろう。そんなことをさっきから考えてた。

本当に仁王くんの言う通り、こんなことやってるのかもしれない。
あたしにしてくれたみたいに。あの優しいキスを、あの子にしてるのかもしれない。

じゃあもうあたしにはしてくれない。
そう思うと、丸井くんが遠く感じて、今までの出来事がまるで夢だったように思える。また涙がこぼれた。



「いや、冗談じゃき、もう泣くな」



そう言って仁王くんは腕を解いて、あたしの横に座った。

……冗談?



「付き合っとらんよ、あいつら」

「……はい?」

「一度でいいからデートしてって言われて、断れんかったんじゃろ。中学のときもそんなことあったし」

「……」

「たぶん今は、好きなやつ以外とは付き合いたくないと思っちょる、と思う」



本当に?仁王くんの今言ってることは本当?

でももしかしたら今日で、本気になるかも。
あたしにだって、付き合ってなくてもキスしたし、こないだなんか太ももまで触って……、

あ、思い出したらまたドキドキしてきちゃった。こんな落ち込んでるくせに。



「ブン太もズルいのー。こんなべっぴんさんに好かれて。残念なやつじゃけど」

「…べっ……!?」

「俺が先に目つけとったのに」



いつのことを言ってるんだろう。目つけてた?

あの初日の自己紹介かな。あれ、でもあのとき仁王くんは最初寝てたし、まずあたしに目をつけたというかガンつけたのは幸村くんのはず。



「とにかく、お前さんらはこれからじゃろ。ゆっくり進めれば」

「……」

「頑張りんしゃい」



フッとまた笑った仁王くんは、仁王くんじゃないみたいだ。

優しくて、でもときどき意地悪で、
前を向くよう元気づけてくれてる。



「…ありがとうございます」

「どういたしまして」

「…仁王くん、優しくなりましたね」

「俺は前から優しいじゃろ」

「えええ!?」

「まぁ、クラスではいつも通りかわいがってやるぜよ」

「もう、意地悪はやめてください!幸村くんもだけど」

「ははっ、でも最近はクラスもマシになったんじゃなか?」



マシに?いやいや、仁王くんと幸村くんが席近くなってから余計面倒ごとが……、

あれ、でも、そう言えば最近あたしはクラスでよく声を発しているような。一学期は本当に切原さんだけで、たまにこの二人に何かやらされる感じで。

でも今の席になって、さらにこの二人には何かやらされることになったけれど、その分よく話す。
他のクラスメイトもよく近くに来る。仁王くんや幸村くんがいるから来るんだろうけど。

きゃいきゃい楽しそうな輪に入ってるわけではないけれど、その輪のすぐそばにいる。そのおかげで、あたし自身、クラスに溶け込んでるような感覚を勝手に感じてたんだ。

仁王くんもそう思ってくれてたのかな。



「最高のクジ運じゃな」



この仁王くんの言葉で、薄っすら気づいたかもしれない。もしかしたら、あれは仁王くんたちが何か細工したんじゃないかって。

でも聞くのは野暮だ。そもそも答えてくれなさそうだし。
もしあたしのカンが合ってるなら、仁王くんと幸村くんはとんでもなく優しい人になってしまうから。それは何となく、まだいい。彼らはまだ意地悪だと思っていたい。

ただ、今日のことは心の底から感謝した。
もし丸井くんが、あの子を選ばないなら。
あたしに言ってくれたように、俺のこと考えてってこと、それがまだそうなら。

仁王くんに言われた通り、これからなのかなって思った。

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