「す、すみませんっ!」
今日は日曜日。よく晴れてるけれどもう肌寒くなってきた。
あたしと仁王くんは、駅で待ち合わせ。…ちょっと遅刻しちゃったけど。だって髪型がうまくいかなくて。遅れるって家から電話したら、そんな電話しとらんとさっさと来いって言われたし。余計焦って髪型変になっちゃったし。
あの、仁王くんに電話番号を教えてもらった日。すぐにあの夜、電話した。
『も、もしもし、高橋ですが…』
『ああ』
『えっと…仁王くんはいらっしゃいますか?』
『これ俺の携帯』
『あっ!仁王くんですか?』
『そう。ちょっと一旦切るぜよ』
『…はい?』
『すぐかけ直すから1秒で取りんしゃい』
『…えっ!あの!』
そう言ってる間に切れて、またすぐかかってきた。何でだろうって思ったら、どうやら家電から携帯だとけっこう料金がかかるらしい。日にち決めるぐらいだしそんな時間かからないと思ったんだけれど。
…というか、仁王くんこそ大丈夫なのかな。
待ち合わせの場所や日時を決めたのと、それだけじゃなくて、他にも雑談をした。あたしは普段何して遊んでるのかとか。何が好きかとか。中学の頃も残念だったのかとか。
電話を切ったのはもう0時過ぎだった。お母さんには度々、そろそろ切りなさいとジェスチャーされたけど。
こんなに仁王くんと一対一で話したのは初めてで、すごく楽しかった。ときたまグサッとくること言われるけれど。
「ここじゃここ」
イイトコに連れてってやると言われて来たのは、何やらカフェのような、パンケーキ屋のような場所。
人気店なのかその前にはそれなりの行列が。
「混んでますね。有名なんですか?」
「ああ。でも予約しとるから」
「え!」
こういう行列の出来るようなところって、普通は予約出来ないんじゃないのか。
そう疑問に思いながら連れられて入ると、中にいたとても美人な店員さんが、手を振ってきた。
「雅くんいらっしゃい!」
「おう。席空いとる?」
「うん、取ってあるよ!今案内するね」
「ありがとう」
仁王くんの知り合いなんだろうか?
そのままその美人な店員さんに案内されて、奥の席についた。
「はい、メニュー。注文はあとにする?」
「そうじゃなー…なんかえらい種類あるのう」
「最近季節物が増えてねぇ。…あ、彼女もメニューどうぞ」
「は、はいっ!ありがとうございます!」
「ふふっ、かわいい〜。やるじゃん雅くん」
そう言って美人系店員さんは、入り口のほうに戻っていった。
誰なんだろうあの人。仁王くんが雅くんなんて呼ばれて。まさか彼女だったり?でもそしたらあたしを連れてこないか。
そう考えていたら、仁王くんはフッと笑った。後夜祭のときも見た、あの顔。
「あれ、俺の姉貴」
「え!あの美人系店員さん!?」
「なんじゃそのネーミング。ここでバイトしとるんじゃ」
「なるほどなるほど!美人ですね!」
「他人から見ればな」
いやいや、あれは身内だとしても美人だよ。そう言えば仁王くんにも似てるか?色白なところとか、すらっとした体型とか。仁王くんの彼女だったり〜なんて思ったけれど…、
……彼女?
「え…ッ」
「ふー、間に合ったぜよ」
彼女と言われたことに今さらビックリし叫びそうになったところ、その寸前で仁王くんに口を塞がれた。
どうやら仁王くんはもう、あたしがどのタイミングで叫ぶかを学習している模様。
「頼むから、ここではデカい声禁止な」
「……」
「返事」
「モ、モゴッ!」
「あらー、イチャついちゃって」
先ほどの美人系店員さん、つまり仁王くんのお姉さんがお水を持ってやってきた。
イチャついちゃってって…!違うのに!
それよりさっきは彼女とか言ってた。仁王くんも否定してくれたらいいのに!
「ちょっと元気過ぎるやつじゃき、うるさかったらすまん」
「いいよいいよ、子連れも多いしね」
「あー、注文じゃけど……どれにする?」
どれにする…?どれにしよう。
さっきの彼女発言に混乱しつつ、確かにメニューがたくさん過ぎてどれにしようか目移りしてしまう。
というか仁王くん、今、元気過ぎるやつって言った。いつもならうるさいやつって言うのに。
お姉さんに対してだからかな。
最近ちょっと、ほんのちょっと、仁王くんが優しくなった気がする。クラスでは相変わらず幸村くんと一緒になってあたしに意地悪するけれど。
こないだの後夜祭で言ってくれた。かわいいとか、一生懸命やってたとか。
けっこう前に切原くんが言ってたな。本当は二人とも優しいって。あたしは元青学だから嫌われてるって思ってたけど。
ちょっと、変わってきてくれたのかな。
「すいませーん」
「あ、はーい、少々お待ちください!」
あたしがモタモタしてたらお姉さんが別のお客さんに呼ばれてしまった。
早く決めなきゃ、お姉さんにご迷惑かけちゃう………、
ふと、あたしはメニューから顔を上げて仁王くんを見た。
仁王くんもあたしを見た。たぶん同時だった。
失礼ながら別に仁王くんを見たかったからじゃない。仁王くんもあたしを見たかったからじゃない。
さっきの声に、聞き覚えがあったから。
目が合ってお互い何が思いついたかすぐわかったと思う。
また同時に、さっきした声のほうを向いた。
その声の人もこっちを見てた。ビックリした顔をして。
丸井くんだった。
「……丸井くんっ!?」
ガタッと立ち上がると、テーブルの上のコップが倒れた。それは何とか仁王くんがキャッチしてくれて。
店内に響き渡るぐらいのデカい声に、丸井くんどころか周りのお客さんもこっちを見た。
その、丸井くんの真ん前に座ってる女の子も。
「…あ、知り合い?」
誰が何を言い出そうか、たぶんそれぞれ考えてたのかもしれない。少し間を置いて、仁王くんのお姉さんが口を開いた。
ハッキリ言うと気まずそうな雰囲気だったのを察してくれたんだろうか。仁王くんと違って初対面でも優しい。
「ああ、同じテニス部」
「あーそうなんだ。…えっと、じゃあまた後で来るから、先にあっち行ってくるね。選んでおいて」
「おう。決めとくぜよ」
丸井くんはあたしの呼びかけに返事はせず。
お姉さんが向かうと、前を向いてあたしたちに背を向けた。
丸井くんがいる。女の子と。
もしかして、あの、ラブレターの子…?
「見過ぎ」
仁王くんの手が目の前に伸びてきてあたしの視界を遮る。
助かった。目が離せなかったけど、これ以上見たくなかった。
なんか、胸が苦しくて。
「どれにするか決めたか?」
「え、…あー」
「俺はー…」
メニューが頭に入らない。
のに、たった一つ、目を引くものがあった。
パンケーキで、ラズベリーとかブルーベリーが乗ってて、そこに、
星型のチョコが添えられてる。
丸井くんはこれを頼むのかな。
もっともっと、胸が痛くなった。