かわいくなかったみたいで

文化祭のあとに振り替え休日があってそれが明けた今日から、またいつもの授業が始まる。
あたしはずっと憂鬱だった。授業が始まるからではない。

あの日、丸井くん、怒ってた。あたしが変なこと言っちゃったからかな。
後夜祭のとき、ラブレターもらった子のところに行ったけど、結局どうしたんだろう。



「おはよう」



やっぱりあれは告白のための呼び出しだよねきっと。幸村くんたちの話によると中学の頃からそうだったみたいだし。あーやっぱり、幸村くんたちの言う通り邪魔すればよかったのかな。



「おはようってば」



でも邪魔って何?どうすればよかったの?行かないで!とか?ヘイヘイユーユーアドンライヨアガーフレ〜的な?

…いやいやそれはおかしいよ。あたしは丸井くんの彼女じゃないんだし。丸井くんは自ら呼び出しに応じたわけだし。怒ってたのも、あたしが邪魔がどうとか言ってたからかもしれない。



「ねぇ、無視?」



いや待ってよ。丸井くんはあたしに、英二くんのことは少しずつ忘れて俺のこと考えてって言ってくれたよね。切原さんとサード先生によれば“それは焦れったいことこの上ないけど明らかな告白………”、

……そう言えば、さっきから何回かおはようって聞こえた。あたしのすぐ右側から。
あれっと思って、右側を向いたら。

めちゃくちゃ笑顔の幸村くんがいた。席についてた。



「…何でしょう」

「おはようってさっきから言ってるんだけどな」

「おはよう…とは?」

「日本語の朝の挨拶だろ」

「……えええ!?」

「朝っぱらから騒々しいな。あと、さっきのアヴリルの歌?下手だねぇ」



幸村くんが?幸村くんがあたしにおはよう!?今まで言われたことなかったのに!あたしが言ってもスルーだったのに!しかも頭の中で歌ってたのがバレてる!?



「あ、仁王、おはよう」

「おう」



ビックリしていたら、仁王くんがあたしの後ろの席についた。
仁王くんはあたしの後ろ、幸村くんが隣り。近くなったからと言って朝の挨拶はなかった。
一学期以上に申し付けは増えてたけれど。ロッカーから教科書取ってきてとか、辞典奪われたりとか、トイレに行ってる間に机に落書きされたりとか。しかも幸村くんも仁王くんもクラスの人気者だからか、最近あたしの席周りはわりと人が集まる。

あたしがその中で積極的に話すことはないけれど。一応、この二人とは話すし、何となく、クラスの輪に入ってる感覚がわずかながらあったり。…調子に乗るなよとか言われそうだけど。

幸村くんと仁王くんが何か部活の話を始めて、あたしは二人を交互に見てたら。
すぐ仁王くんと目が合った。



「なんじゃ」

「い、いえ何でも!」



仁王くんは言ってくれないな。
幸村くんの挨拶もただの気まぐれなのかな。



「…あーそうじゃ」



これ以上見てたら怒られると思って、前を向こうとしたら。
仁王くんに腕を掴まれた。

おはようって、言ってくれるのかも。



「お前さん、携帯持っとらんよな?」

「…え?…まぁ」

「そうか。どーするかのー」



何をどーする?というか、おはようはやっぱり言ってくれない?

何のことだかサッパリで、というかおはように拘り過ぎてあたしがボケっとしていたら、
仁王くんはルーズリーフを出して豪快に破いて、サラサラと何やら数字を書き始めた。



「これ、俺の番号じゃき」

「…番号?」

「携帯。日にち決めるから、今日か明日か夜電話しんしゃい」



そう言って、またあたしを掴んでぐいっと手の中に押し込んだ。

日にちって何のだろう?あたし仁王くんと何か約束したっけ?

戸惑ってるあたしを見て、仁王くんは不機嫌そうな顔をした。



「まさか忘れとらんよな」

「えーっと、そのー…」

「せっかくイイトコ連れてこうと思っとったのにのう」



イイトコ…?



「あーーーっ!」



不機嫌そうな仁王くんの顔はより一層歪み、
幸村くんは文句を言うわけではなくただ笑って逆に怖い。

そうこうしているうちに先生が来た。
そして先生の挨拶の間、あたしはあのことを思い出す。

それは後夜祭で丸井くんを見送ったあとの話。



「い、いってらっしゃいっ」

「…行ってきます」



丸井くんの後ろ姿を見送ったとき、自分でも何故かわからないけれどすごく胸がぎゅーっとした。

丸井くんはこれから他の人のところへ行く。きっと丸井くんに思いを寄せてる人で。

丸井くんが元気でいてくれるならそれがいい。それは本当に本心。
でも、丸井くんは昨日、C組で怒ってた。元気なくなってた。

何でだろう、それであたしもこんなに落ち込んでる。
これから丸井くんがどうするのか、気になって、胸が痛くなってる。



そのとき、パシャッて、右のほうからカメラのシャッター音みたいなのが聞こえて、少し辺りが明るくなった。

その方向へ振り返ると、仁王くんがいた。



「…仁王くん?」

「おー、よく撮れとる撮れとる」



仁王くんは携帯を持ってて、見て笑ってる。

…撮れとる?

不思議に思って仁王くんに近寄った。



「あのー、何が…」

「お前さんの写真じゃ」

「…写真?」

「ほれ、全身うまく撮れとるじゃろ」



そう言って仁王くんはあたしに携帯を見せた。

確かによく撮れとる。あたしの横顔と全身。最近の携帯はすごいなぁ。この仁王くんのはスマートフォンか。まるでデジカメみたい……、



「えええ!?」

「だから、叫ぶの禁止って言ったじゃろ」

「な、何であたしの!?」

「いやーよく売れたぜよこの二日間」

「売れた!?」

「一ヶ月前から隠し撮りさせてもらったんじゃが、ほとんど笑っとってのう、お前さん」

「えええ!」

「たまには憂いを帯びた顔もいいかと思って、グッドタイミングじゃ」



ええええー!?最後の叫びはやっぱり、仁王くんの手に塞がれて言えなかった。

売れたって何!隠し撮りって何!



「ほら、これ」



仁王くんは上着のポケットから封筒を出して、中をあたしに見せた。
そこには、あたしの写真がズラリと並んでた。制服はもちろん、体操着姿や昨日のメイド服姿も。



「ちょっと!」

「うーん、やっぱり見た目はいいのう。こんなうるさくなかったら…」

「か、貸してくださいっ!燃やします!」



売れたってことは売ったってこと。誰にかわからないけど、きっと立海の生徒とか。それらすべてを回収するのは…無理だと、あたしでもすぐ理解した。だからせめてこれは!

このメイド服姿は、消滅させたい。



「ダメ。これは俺の。データは消したし、最後のなんじゃ」

「あたしこそダメです!そのメイド服のは!」

「なんで。これが一番かわいいじゃろ」

「…かわいくっ、ないですっ!」

「自分でも気に入っとったのに?」



本当に全然、かわいくない。そりゃあたしも最初は…。初めてこんなの着たけど、似合うかなぁって、かわいく見えるかなぁって思った。

でもそんなことはなかった。
丸井くんは、嫌そうだった。



「とにかくかわいくなかったんです、あたしは」

「かわいかったぜよ。みんな絶賛しとったし」

「みんな……じゃないっ」

「……」



あたしが必死に掴みかかったとしても、背の高い仁王くんの上げた手に届くはずもなく。

力なく手を下げたところで仁王くんは、はぁーっとため息をついた。
あたしのほうだよ、ため息つきたいのは。



「本心じゃないと思うがのう、それは」

「…え?」

「もしお前さんがそうやって落ち込むようなことを言われたとしたら、それ言った“誰か”は嘘ついとる」

「……」

「かわいかったから、ほんとに。一生懸命準備も仕事もしとったし」



嘘?丸井くんの嘘?
別に丸井くんに似合わないとかかわいくないとか、言われたわけじゃない。

でも嫌そうだった、不愉快そうだった。すぐジャージ着ろって言われたし。それは外寒いからなんて言ってたけど。その後に何でそんな格好してるんだって。

…というか、今さっきから仁王くん、何て言ってた?
……かわいい?仁王くんがあたしのこと?そう言えば初めて会話したときも言われたけど、それ以降は残念なやつ扱いだし。

一生懸命準備も仕事もしてたって、
褒めてくれた。
…いや待てよ。そもそもあたしが頑張った所以は、仁王くんと切原さんの尻拭いだったんですがそれは。



「そうそう、売り上げ金な、けっこうあって」



仁王くんはまた上着のポケットから、何やら紙切れを出して見せた。そこには表が書いてあって、“No.1”とかの数字とともに、金額や枚数などが書いてあった。



「モデルにも給料払わんとな」

「…給料…とは?」

「飯おごるってことでどう?好きなだけ食っていいぜよ」



仁王くんはいつもあたしのデカい声に不愉快そうにしてるから、初めて見た。
こんなふうに笑うんだ。

丸井くんの動向が気になるけれど。
仁王くんの提案に、はい、と頷いた。

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