「あー、了解」
文化祭も順調に始まって、俺らのクラスのクレープ屋は大盛況。他校生も来たりで毎年海原祭はめちゃくちゃ人が多い。俺がメインでやってたってのもあって、やっと休憩に入ることが出来た。
「どっか行くか?」
「そーだな。…たこ焼き、アイス、焼きそば、全部行きてーな」
俺とジャッカルは配られた文化祭プログラムを見ながら歩いた。
昼休憩もほとんどなかったし、腹減ってんだよな。まぁ合間合間でお菓子食ってたんだけど。
ふと、1年E組の文字が目に入った。そうだった、あのクラスは喫茶店で……、
腹減ってるし、ジャッカルも減ってるだろうし、飲食完備な喫茶店って手もあるけど。
…言い出しづらい。
「どーすっかなぁ」
「……」
「どこから行くかー」
「……」
「…おい、ジャッカルもなんか意見ねーのかよ」
何にも言わないジャッカルが不思議で顔を見たら、なんかニヤニヤしてる。
「なんだよ」
「いや、いつもならすぐどこか行こうとするのになぁって思ってよ」
「だから、いっぱいあるからどこにするか迷ってんだろぃ。お前も意見出せって」
「あーはいはい。じゃ、俺はここ行きたいぜ」
そう言ってジャッカルが指差したのは、“1年E組『やまとなでしこ喫茶』”。
つーかなんだよこの名前は。やまとなでしこ?まさか実行委員の桜辺りが自分に重ねて名付けたんじゃねーだろうな。思い上がり甚だしい。
「ジャッカルがどーーーしてもって言うなら、いいぜ」
「ああ、どーーーしてもだ」
このニヤけた表情は気に食わねーけど。
ジャッカルの希望なわけだし。腹減ってるし。俺らは校舎内の1年E組に向かった。
あとで聞いたら、仁王から俺を連れてこいって、メールがきてたらしい。ふざけたやつらだほんと。
「おう、ブン太、ジャッカル」
1年E組前に行くと、えらい人集りっていうか、行列ができてた。
これ全部ここ待ちかよって、俺の休憩時間なくなっちまうと思ってちょっと断念しかけたけど。
中から、仁王が出てきた。なんかホテルマンみたいなスーツみたいなの着てる。
「なんだその格好?」
「俺ウエイターじゃき」
「へー。ていうかすごい人だな」
ほんとにすごい行列。いや、うちのクレープ屋も負けちゃいねーけど。
ただ、基本的に校舎内より外のほうが人は集まる。実際ここ以外は閑散としてるし。
「ああ、人気が出るようにって、幸村が秘策を用意してきてのう」
「秘策?」
そう言えば昨日、高橋が秘策がどうのって言ってたな。仁王にウエイターさせることか?確かに女子は、他校生含めおもしろいぐらい集まってるけど。
…でもなんか、男子も多いような。
「とりあえず入りんしゃい。お前さんらはVIPじゃき」
それはありがたい。こんな行列並ばなくて済むなんて。空腹もそろそろ限界で、正直倒れそうだった。
仁王に通されるまま席に着いて周りを見渡すと、やっぱり男子も多い。普通、喫茶店自体は女子向けな気がするんだけど。
E組で、そんな男子の客引きになるようなやつって言ったら、まさか……、
「ほら、早く行きなよ」
俺の真後ろには衝立があって、たぶんその向こうは調理場。その中から、幸村の声がした。
まさか………、
「い、いらっしゃいませっ!」
そのまさかと思って振り返った瞬間。飛び出てきた。
メニューを抱きかかえた高橋。
「ご注文はお決まりですかっ!」
「……」
「あー、まだメニュー見てねーから。それ貸してくれるか」
「あ、すみません!」
いつもだったら俺がそうやってツッコミ入れるんだけど。たぶん唖然として何も言えなかったから、ジャッカルが答えてメニューを受け取った。
だって、だってこいつ…、
「二つあるので丸井くんもどうぞ!」
「……」
「丸井くん?」
「…あ、あー、サンキュ」
メイド服だ、これは。ウエイトレスって言うより、メイド。何ここはメイド喫茶?…いや、でも他の女子は普通だ。こいつだけ。
しかもスカートがすげー短くてパンツ見えそうだし、膝上の…ニーハイだっけ?あれ履いてて、胸元がっつり開いてる。
とりあえず視線が変なとこ行かないようにメニューだけ見て、適当に飲み物と軽食を注文した。
「やぁブン太、よく来てくれたね。うれしいよ」
ずいぶんと満足気な顔した幸村がやってきた。
あれか、昨日の高橋やさっきの仁王が言ってた幸村の秘策ってやつ、これのことか。
あいつを客寄せパンダにしてるわけかよ。
「どう?彼女のメイド姿」
「どうって…あれが秘策かよ?」
「そうだよ。彼女のおかげでこの通り、客がたくさん」
「ははっ、大成功じゃのう」
「おととい思いついてネットで注文したんだ。早いよね、アマゾン」
早いよねじゃねーよ。何考えてんだこいつら。
しかもあいつも、何素直に着てるんだよ。
俺はフツフツと、何だか怒りのようなものがこみ上げてきてた。
「お、お待たせしました!」
ジュースとホットドッグ。持ってきてくれたけど、なかなか見れず。
いやだって、そっち向いたらちょうど胸が目に入るんだよ。
「あーそうだ、高橋さん。そろそろ休憩行ってきていいよ」
「えっ」
「ほら、ブン太にクレープ屋連れてってもらえば?食べたがってたよね」
「…俺が!?」
「それは持ち歩けるだろ。いってらっしゃい」
せっかくこれからホットドッグで腹を満たそうと思ったのに。
幸村や仁王に掴まれてぐいぐい、廊下に押し出された。
そして出た途端、高橋さんだ!メイド姿かわいい〜なんて声が上がった。もちろん俺はさらに怒りが。
「…追い出されちゃいましたね」
「…ああ」
「あ、クレープ食べたかったですが、丸井くんのそれ、先に食べてください!」
容れ物も何もなく、仁王に手づかみで渡されたホットドッグ。たぶんこんなん一瞬で食べれるけど。
その前に、やることがある。
「どこか、椅子に座れる場所を探して…」
「ちょっと、こっち来て」
「はい?」
向かったのは、C組。うちのクラス。うちは外で出店してるから、誰もいない。
ほんとならこれは絶対的なチャンス。文化祭で二人きりとか、こんな青春過ごしたいランキング上位。
ただでさえいつもと違う雰囲気というか、服装にドキドキするし。
ただ、今の俺の中では別のよくない感情が出てきてる。