元気になってほしくて

「……あら!?」

「こ、こんにちはっ!」

「こんにちは〜……あらあら」



丸井くんちに行くと、まず出てきてくれたのは、どうやらおばあちゃんのようだった。あたしを見てすごく笑顔、というかビックリしていた。

そしてその後ろには、幼稚園ぐらいの男の子。丸井くんを黒髪にして小さくしたような子。…弟!?



「あ、あの、あたし、ブン太くんと同じ中学に通う高橋と申します!」

「あらまぁ…きれいなお嬢さんで…」

「…はい?」

「お兄ちゃんの…そう、そうなのねぇ。お兄ちゃんも、そんな年になったのねぇ」



そうなの…とは?ついにお兄ちゃんにも…なんてよくわからないことをおっしゃっているけれど。笑顔とともに少し涙目で。

でも、すぐそばにいたミニ丸井くんが無邪気に言った言葉で、何となくおばあちゃんの態度の理由がわかった気がした。



「ばーちゃん、このねーちゃん、ブンちゃんのカノジョ?」

「…カノジョ…とは?」

「しっ!…ごめんなさいねぇ、ちょっと年頃で」



年頃て。この子はどう見ても4歳か5歳だけど。最近の小さい子はおませなのかな。あたしなんてこのぐらいのときはまだお父さんのお嫁さんになるとか言ってた頃で。…似たようなものか。

というか、カノジョって……、



「えぇ……ッ!」

「?」

「い、いえいえ、何でもございません!」



危ない危ない、危うく人んちで叫ぶところだった。人によっては、いきなり叫ぶとかなり不快感を表すから。仁王くん然り。

丸井くんはどうやら2階の部屋で寝ているらしく、後でお茶を持っていくから上がってくださいなと言われた。

って言うか、カノジョって彼女、だよね。あたし、丸井くんの彼女と勘違いされちゃった?それでおばあちゃんも何だか感無量な顔してたのかしら。
…逆に丸井くんに迷惑だったかなぁ。あとで訂正してもらわなきゃ。申し訳ない。



「丸井くんっ!」



人の部屋に入るときはノックをしましょう。そんな当たり前の常識すら忘れてて。おばあちゃんと弟さんに誤解されちゃったよゴメンなさいって言おう言おうとしてて。

部屋に入ると丸井くんは、裸だった。…いやいや、パンツだけは履いてたけど。まぁようするにパンツ一丁っていう。



「ぅわ!」

「あ、ご、ごめんなさいっ!」

「何いきなり入ってきてんだよ!」

「すみません、早く会いたかったので…!」

「…早く会いたかった?」



まるでいつものあたしのように、丸井くんは言葉を聞き返した。
あたしが聞き返すのはだいたい、その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかるから。というか、予想外なことを言われると固まるから自分を落ち着かせるために。

でも丸井くんは、それとはまた違うように感じた。すぐに、照れたように笑ったからだ。



「す、すみません、外出ま…」

「や、大丈夫。もう着るだけだから」



見ると、丸井くんの立ってる脇にあるベッドには、Tシャツとスボンが放り出してあった。

でも一応悪いので、後ろは向かせてもらった。



「なんか下でお前の声が聞こえたから、急いで着替えようと思って」

「あ、またうるさくしてすみません…」

「いやいや、それは大丈夫。元からウチは騒がしいし」



そう言えば丸井くんは、よくあたしに大丈夫って言う。あたしが突然叫んでビックリさせちゃったときも、英二くんのことがあったときも泣き喚いて大丈夫って。
他にも、あたしが何か言いかけたときは聞いてくれる。質問だったらちゃんと答えてくれる。面倒臭そうにしない。

こんな人が彼氏だったら、きっとあたしはすごく心安らぐだろうな。



「着替え、終わったぜ」

「は、はいっ」



勢い良く振り返ったら、思いの外丸井くんは間近に来てた。並んで話すことは何度かあったけど。

こないだのことを思い出して、どきんとした。



「ばーちゃんが、たぶんお茶置いてる」

「…え?」



少し固まったあたしを通り越して、丸井くんは部屋のドアを開けた。
ドアの外には、というか廊下には、お盆に乗ったお茶とお菓子があった。

変に気利かせやがってって、呟きながら丸井くんは、部屋の真ん中にお盆を持ってった。

さっき、間近の真正面でも感じたけれど、今すれ違ったときに確信した。
丸井くん、背伸びた。男子の中では高くないほうだったけど、今は何だか、すごく大きく感じる。



「休んでたから?」

「え?」

「今日来たの」



丸井くんはさっそくお菓子をモリモリ食べ始めた。あたしも丸井くんの横に座って、お茶を頂いた。

そう、今日来たのは、丸井くんが休んでたから。幸村くんに、何とかしてあげなよとは言われたものの、何をしていいのかわからなかったけど。
落ち込んでるんだろうその理由を、あたしはわかってたから。



「あのー…」

「……」

「そんなに、気にすることないです」



その、頭が残念なあたしでもわかる理由とは。

丸井くんは負けたんだ。先週末の新人戦で。
あたしは約束通り、丸井くんの応援に行ったけれど。



「…気にするだろ」

「……」

「お前がせっかく応援してくれてたのに」

「……」

「菊丸にだけは負けたくないとか言っといて、戦うこともできなかったわけだし」



いつもの丸井くんはどこへやら。ものすごく弱々しい声で、そう言った。

丸井くんは中学の頃、立海のレギュラーで、今はまだ団体戦には出れないけど、来年はレギュラー候補だと、サード先生が言ってた。
青学のみんながそうだったように、きっと立海のみんなも、丸井くんも、負けず嫌い度は計り知れないだろう。

…というか、あたしが応援してたから?英二くんに拘るのも、あたしのことがあったから?だから?

もしそうだとしたら。あたしのせいで、あたしのために、
丸井くんは元気をなくしてしまったということだ。

丸井くんはあたしに大丈夫って言う。こんな、よく鬱陶しがられるあたしに対して優しくしてくれる。

あたしも丸井くんに大丈夫って言いたい。
でもそれは丸井くんのような、人を心安らぐ気持ちにできるような人が言わないと意味がない。

ただ、元気になってほしい。それだけは伝えられる。

[戻る]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -