わかってないけどわかってる

「あ!忘れ物ですか?」

「や、違う」

「?」



入り口入ったところで高橋は立ち尽くして、俺はホットドッグ片手に自分のロッカーを開けた。

よかった、ジャージ。部室じゃなくてここに置いといて。部室だと鍵かかってんだよな。



「ほら、これ着ろよ」

「え?」

「外出たら寒いだろ」

「…あっ、はい!ありがとうございます!」



そんなこと言ったけど、ほんとは違う理由。そんな格好で、他のクラスや先輩、他校生のいる中、フラフラしてほしくなかったから。

まぁ上から着て履くだけだから必要ないかもしれないけど、一応ドアは閉めて、俺も後ろ向いた。

…つーか、俺あのジャージいつ洗ったっけ。昨日は放課後部活なかったけど、おとといは着てて、昨日の朝練も…。
汗臭かったらどうしよう。



「丸井くんっ」



もう大丈夫かなって、振り返ったら、俺の立海ジャージを羽織っただけの高橋がいた。
ちゃんと前閉めて下も渡したんだから履けよって思ったけど。



「このジャージ、丸井くんの匂いがしますっ!」

「…何、臭いってこと?」

「違いますよ!いい匂いです!」



鞄に入ってるお菓子の匂いが移ったのかなって思ったけど、そうじゃなくて。

俺の匂いがするんだって。近づいたときに香る匂いって。
柔軟剤かなぁ。まぁ臭いわけじゃなくていい匂いって言ってくれたから、よしとしよう。

ここには机も椅子もあるし、俺のホットドッグはここで食べることにした。俺が座ると高橋も隣りの席に座った。
座ると余計短く感じる。早く履けばいいのに。



「あのー…」

「ん?」

「やっぱり、変でしたかね、この服」

「……」

「ジャージになったほうがいいですかね」



別に変てことはない。むしろ似合ってる。似合い過ぎてる。

ただ、俺のよくわかんない感情が、褒めることを邪魔してる。
イライラしてる。



「なんで俺に聞くんだよ」

「あ、す、すみません…!」



ああ、ダメだ。イライラが外に出ちまって。こいつに対してはいつでも優しくいたいんだけど。
らしくない俺の態度に、高橋もちょっと、気まずそうだ。

つーかパンツ見えそう。ちゃんと足閉じろよバカ。ホットドッグに集中できないだろ。

……そうだよな、普通に考えて集中出来るわけねーんだよ。こんな格好してたらそっちに頭持ってかれんだろ。

とりあえず俺はホットドッグを二口で丸飲みした。ええ!?って、高橋は驚いてたけど。

そのあと、腕引っ張って引き寄せた。俺の胸の中、というよりは体勢的に俺が胸の中。



「ま、まま丸井くんっ…」

「なに」

「廊下に人がいるので…!」

「そーだなー…まぁ大丈夫だろぃ」

「えっ!?」

「それより、いい匂いする?俺の匂い」

「……そ、それはもちろんっ」



俺がちょっとからかうつもりで聞いたら、こいつは素直に鼻すすって匂いを嗅いだ。
それがすげーかわいくて。

俺がぎゅーってしたら、高橋はちょっと控えめに、俺の頭を抱えた。
柔らかくてあったかくて、心地よいけど興奮もする。

怖い気持ちはもうなくなった気がした。ただただ、目の前の高橋に対して。



好きだって。いっぱいだった。
ついに出来た、言葉。これを外に出せばうまくいくかな。



「…つーかなんでこんな格好してんだよ」

「…え?」



とは言うものの、よくわかんないイライラは健在。もう自分でちゃんと気持ちわかってんのに。思い切って言えばいいのに。

あと、それ以上にダメな感情がたった今ある。
キスしたい、触りたいって、思った。

柔らかい胸の中で手探りに、さっき目について離れなかった太ももを触った。
こいつはちょっとビクッとしたけど。嫌って言われたり拒否はされずに、ただ腕に力がこもったから。それがうれしくて舞い上がって。もっと触りたいって思った。

体勢的にツラそうで申し訳ないけど。
項に手回して軽く引いたら、目瞑ってくれて。そのまま吸い付くようにキスした。

スカートの中にまで手を入れたら、いろんな意味で戻れないかも。
でも入れたい。いいかな。



「……実は、幸村くんと仁王くんに、言われて」

「…ん?」

「対抗するには、色仕掛けだって。だからこの服で」



唇が一旦離れたときにそう切り出されて、体を離した。ああ、さっき俺が言ったことに対してか。ずいぶんテンポ置いたから一瞬、意味わかんなかった。こんなときに空気読めよ。…いや、ある意味読んだのか?
危なかった。ほんと、こいつの言った通りすぐ外にはいっぱい人いるんだよな。

ていうかなんだ、対抗って。他の店に対抗ってこと?それとも別の?

でも、素直に従ったこいつがちょっと腹立たしくなった。色仕掛けってこと、わかってんじゃん。



「あたしは、すごいなって思うんですけど、丸井くん」

「すごいって何が?」

「ラブレターもらったり…モ、モテるって聞いたので」

「あー、別にうれしくねぇから今さら」



そうぶっきらぼうに言ったら、すみませんって謝られた。

ああ違う、ちょっと言葉足りなかった。うれしくないのは、ラブレターもらってもってこと。こいつにすごいって言われるのは、それ自体はうれしいけど。
…ややこしいな俺も。



「えっとですね、でもそのー…邪魔しろって言われて、幸村くんと仁王くんに」

「…邪魔?」

「あ!す、すみません!でもあたしは邪魔するつもりはないので!」

「や、邪魔ってなに、どーいう…」

「つまり、丸井くんがいいと思うならそうしたほうがいいと思います!丸井くんが元気でいてくれることが一番なので…」



そこまで聞いて、ああそーいう意味で言ってんだって、気づいた。ごちゃごちゃ遠回しに言ってっけど、ようするに。

俺があのラブレターの相手がいいと思うなら、付き合えばってことな。あの二人がごちゃごちゃ言ってもあたしは邪魔するつもりはないと。そーいうことか。



「ふざけんな」



たぶんめちゃくちゃビックリしてたと思う。高橋。いつもみたいな、えっ!?とか言う驚きの声も出ないくらい。

俺はC組を出た。高橋は置いて。ずっとなんかよくわかんないイライラが溜まってたからか、こんなカッとなって。

何が元気でいてくれるのが一番だよ。意味わかんねぇ。
あんなこと言われたら、元気なんてなくなるに決まってんじゃん。

あーでも、結局好きとか付き合ってとか言えなかったし。のくせにキスとかさっきもヤバいことして。あいつは何で俺が怒ったのか、さっぱりわかんねーよな。

俺はあいつにとって、何なんだろうな。



翌日の後夜祭。会場は体育館。売り上げランキングの結果とかダンス部やバンド部の出し物があった。他校生はいないけど、全学年全生徒がごった返してて、あいつはどこにいるのか見つけられなかった。
第2部が始まる前の休み時間。俺は抜け出した。向かう先は1年I組。
呼び出されてたから。あの、ラブレターのやつに。

ほんとは行く気なかったはずなんだけど。
こんなふうにみんな楽しそうに騒いでる場所から、離れたくて。



「ま、丸井くんっ」



体育館出て校舎内に向かってる途中。
高橋に呼び止められた。
今日もあの服着てたんだか知らないけど、今は普通の制服で、手にはなんか袋が下げられてた。



「あのっ、ジャージ、ありがとうございました!洗濯もしたので!」

「…ああ」



ただジャージを返しに来ただけか。
俺はこいつを見つけられなかったのに、こいつは見つけてくれて、ちょっと、ほんのちょっとだけうれしかったのに。
まぁ、髪が目立つからってだけか。



「ど、どこか行くんですか?」

「呼び出されてるから」

「…呼び出され……」

「手紙もらったやつに」



もうそれ以上言わなくてもわかるよなって、俺の目で伝わったと思う。

もしここで、行かないでとか、ほんとは嫌なんですとか、そんなこと言われたら絶対、行かない。

でも、そんな俺の気持ちはたぶん全然わかってない。
だって、あのかわいいかわいいキラキラした笑顔になったから。



「い、いってらっしゃいっ」

「…行ってきます」



何を期待してたんだ俺は。自分だって何も伝えてないのに、こいつからばっかりを求めて。勝手に期待して。

どうしたいのかなんて、俺自身の答えはもうとっくに出てたはずなのに。



ウチに帰ってジャージを袋から出したら、一緒に小さいピンクの紙袋が出てきた。

開けてみたら、星型のクッキーが入ってた。型も使わず自分でくり抜いたのか、星がマジでヒトデみたいになってた。

でもさすが俺直伝。ちょーうまい。
俺が、星がうまそうに見えるって言ったからかな。簡単なダイヤとかただの丸でもよかったのに。
うまかったけどちょっと、泣きそうだった。

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