そんなつもりもないですし

9月は、立海では中等部で文化祭である海原祭があって、その後の10月、高等部でも開催される。うちのE組は喫茶店。電気機器を使った調理になるので教室内でやることになってる。

その文化祭までもう1ヶ月と迫ったある日。担任のサード先生に呼び出された。



「頼む。高橋」

「はい?」

「お前がクラスを仕切って、いい加減文化祭の企画を進めてくれ」



悲愴感たっぷりな顔した先生にそうお願いされた。そりゃあたしは学級委員長ではあるけれど。文化祭に関しては、ちゃんと文化祭実行委員という役職がある。



「仕切って…とは?」

「だから、お前が率先して準備してくれ。他のやつらにも頼んで」

「えええー!?なんであたしが!文化祭実行委員がいるじゃないですか!」

「お前、文化祭実行委員が誰だか忘れてないよな?」

「誰だか…?」



あれはあたしが学級委員長に就任した翌週のことだった。あたしがその委員会選定会議の議長を務め、他の委員会、保健委員とか図書委員とか美化委員とか、その辺りを決めていって。

では文化祭実行委員ってなったとき。



『はい!あたしやりまーす』



勢い良く挙手したのは、切原さんだった。

切原さんなんて面倒臭がり屋の代表格なのにどうして?とつい発言してしまったところ、ウルサイバカダマレを連呼されたけれど。
あとで聞いたら“一大イベントでサードといろいろ作業できるじゃん”との思惑があったようで。じゃあ学級委員長のほうがよかったのではないかと思ったけど、それとこれとは別らしい。学級委員長は年中雑用、文化祭実行委員は特別な任務のみとのこと。

さて、ここで一つ問題が。切原さんは決して誰かに嫌われているわけではないけど、やっぱりちょっと、怖いらしい。仕事もあまりしなそうだし。ということで男子は誰もやりたがらなかった。

そこで切原さんがご提案。



『じゃー仁王でいいよ。他の委員会入ってないし』



騒つく女子とホッとした顔の男子。中でもずいぶん愉快そうに笑う幸村くんがとても印象的だった。



『却下』



不機嫌そうにあたしを睨む仁王くんから一言、却下申請は出たものの、切原さんは譲らない。そのときは知らなかったけど、切原さんと仁王くんは中学の頃からずいぶん親しいというか、悪友らしい。切原さんの弟、つまり切原くんは仁王くんの仲が良い後輩だから。そしてこの二人はどちらかと言うと問題児で、その方面に関してはウマが合うとのこと。

だから切原さんとしては、他の男子よりも遠慮なく接することができる彼を推薦したんだけれど、仁王くんはそんな面倒な委員会はやってられないらしく。



『…で、では、お二人でじゃんけんと言うことで』



人生でこんなにも人から睨まれたことはないというぐらい、仁王くんには凄まれたけれど。

結局仁王くんは切原さんに負けて、その二人が文化祭実行委員になったわけです。



「というか、あの二人はどうしたんですか?」

「ちゃんとやるわけないだろ、切原と仁王だぞ?」

「それは…確かにそうですが」

「ここまでノータッチなのはうちのクラスだけだ。頼む!」



そんなこと言われたって…!

しかしあたしとしても文化祭はキッチリ成功させたい思いはある。何てったって一年で最大のイベントだ。クラスの団結力も高まる。委員長の手腕が問われ、見事成功したあかつきには、あたしもきっとクラスの人気者…?



「頑張りますっ!」

「お、おお、よろしく頼む」



というわけであたしは、単身作業を開始し三日が過ぎた。

単身…というのは、メニュー作りとか、必要なもののリストアップと文化祭実行委員会に提出する資料作り、教室内の配置を考えたり、今後の準備要項など。ようするに文化祭実行委員がやることだ。他のクラスメイトにも応援を頼んだけれど、みんなどうやら日々部活や予習復習などで忙しいらしい。
…文化祭なんてクラスが一致団結する最大のイベントなのに、おかしいな。



まずはこの三日間で実行委員会に提出する資料作りをした。今日はこれから叩き台として作ったメニューをきちんとデザインして清書して複数枚作る予定。美術的なことは得意なので(先のポスター然り)、この作業は楽しくやれそう………、



「あれ、高橋さん、一人かい?」



作業はもちろん教室でやっていた。そこへ、幸村くんがやってきた。幸村くんは、そう言えば今日は所属している美化委員の会議があったから、この後部活に出るわけだ。



「は、はい。切原さんたちは帰ってしまって」

「仁王は?」

「えーっと…部活じゃないでしょうか」

「ふーん」



幸村くんはあたしの隣りの席。ガサゴソと片付けをしているようだった。何度も言うけどこの後幸村くんは、部活に行く。

行く、というか、行ってほしい。今すぐ。



「君も本当に人がいいよね」

「…え?」

「押し付けられて、嫌じゃないの?」

「えーっと…それは別に…」

「感謝されると思ってる?するわけないだろ、仁王も桜ちゃんも」



早く行ってほしいと思ってるのは、あたしは幸村くんが苦手だからだ。もともとはそんな話さないけれど、隣りの席になってからその頻度は断然増えた。仁王くんとともに、たぶん切原さんと同じくらい言葉を交わす。雑談というか何かにつけ絡まれるというか。

そして話すと、こんなふうに幸村くんはズバズバ言ってくる。あたしの痛いところをついてくる。



「結局最近、練習もやってないだろ。女子部作ったのに」

「ひ、一人だと出来なくて…」

「嘘。もう青学の連中と会いたいって気持ちがなくなったんだよね」

「……」

「いい子ぶってるけど、所詮君はそうなんだ。打算的だよ」



幸村くんはズバズバ言ってくる。あたしの痛いところをついてくる。それは事実だからこそ、あたしは痛いと感じてる。

青学のみんなに会いたいって気持ちがなくなった。いや、会いたいけれど、前ほどじゃない。会う理由がなくなったから。

むしろ会いたくない。だってあの子も試合を観に来るから。
テニスも、彼を思い出すから嫌で。



先週末、新人戦があって、丸井くんの応援に行った。約束だったから。
でも幸村くんには指摘された。どういう心境の変化?って。丸井くんが、俺がお願いしたからって言ってくれたけど。

その前から、例え一人でも軽い練習はしていたあたしが、もうほとんどしなくなってて。幸村くんにはたぶんその異変がバレてたんだろう。

初めて試合で立海を、丸井くんを応援したこと。それは単に丸井くんとの約束があっただけではないということも、きっと。

あたしは幸村くんが苦手だ。
たぶん、嫌いだ。幸村くんもあたしが嫌いだ。



「いい子ぶってるついでに」



あたしは片付けもせず、鞄を掴んで教室を出ようとした。いつ幸村くんがここから出て行くかわからないから。これ以上一緒にいるのは嫌だったから。

そのあたしに幸村くんは言った。



「ブン太今日、休んでるよ。風邪でもないのに」

「……」

「何とかしてあげなよ」



何とかって。丸井くんが風邪でもないのに学校休んでるからって、あたしが何を?学校に来てないんだったらあたしはどうしようもないし、あたしが何かするべきことなんてある?だいたい、なんでこの人はこんなに敵意剥き出しに……、

待って、今何て言った?
……丸井くんが、風邪でもないのに休んでる?



「えええー!?」

「理解するの遅いね」

「風邪ではなく?どうして!?」

「さぁ。ショックだったんじゃないかな、いろんな意味で」



ショック…いろんな意味で…?
意味が複数あるのか、その正解はわからないけど。

一つは思いついた。だから、まだ居残ってたサード先生にお願いして、丸井くんちの住所を教えてもらって、あたしは向かった。



その後、丸井くんちに行ったあと。片付けをしなきゃと思ってお家に帰る前に教室に戻ってきたら、すべて片付いてた。資料はすでに委員会に届いてて、あたしがやりかけだったメニューも完成されてた。

幸村くんがあの後、やってくれたんだろうか。

一人で大変だったろうに。文化祭実行委員でも学級委員長でもないんだから、ほっといて部活行けばよかったのに。幸村くんは団体戦レギュラーで、来月から大会が始まる。練習時間は貴重なのに。

あたしは彼が嫌いだ。
人の内面をまるでお花の観察のように高見から見て、見抜いて、ズバズバ言って傷つけるし。
丸井くんの心情を察したり、その間あたしの後片付けもして。よくわからない人だから。

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