「あっ!!」
またこいつは。人が考えごとしてるときにデカい声で叫ぶなよ。すげー心臓速くなった。こいつのこと考えてただけに。つーかデカい声出すなって言ったの自分だろうが。
「すみません、また大声で…」
「いや大丈夫。で、なんだよ」
「あの、こないだはありがとうございました」
「こないだ?」
「はい、慰めてくれて」
あの、教室でのこと。俺もさっきから、いや、あれからずっと頭を離れなかったことだ。
「別に慰めてねーから」
「いえいえ!あれはすごく救われました。丸井くんがいなかったらと思うと」
「まぁ、それならよかったけどさ」
「本当にありがとうございました!」
ほんとに慰めたつもりはなかった。ただかわいそうって思ったのと。
何とかスッキリしてほしかった。早くいつもみたいに騒がしくなってほしかった。
それを慰めるって言うのか?でも、
俺は自分の欲望を止めなかった。
「…なぁ」
「はい?」
「気づいてんだろ、ほんとは」
「……はい?」
「俺があのときしたこと」
絶対、気づいてたはず。いくらこいつがちょっと抜けてるからってわからないはずない。
でもなんで文句の一つも言わないのか。勝手にやっちまったのに。しかも失恋直後でまだ気持ちの整理もついてなかったのに。たとえ俺に対して怒らなくても、避けたりしたくなるだろ普通。
「…ご、ごめんなさいっ!」
持ってたペンをバンッて机に叩き置いたかと思うと、真横の俺に向かい合わせて、何でか深々頭を下げられた。なんで俺じゃなくてこいつが謝んの?
…あれ、これは告白する前にフラれちゃったパターン?いや、一応まだ告白する予定はなかったわけだけど。
「気づいて、ました…」
「…だよな」
「でも、気づかないフリしててごめんなさいっ」
「え、そこ?」
「その…一瞬でよくわからなかったので!あたしが傷ついてたから丸井くんは慰めてくれたのかなって」
「……」
「だから、切原さんとサード先生に相談したらそれは気づかないフリしたほうがいいって…」
「はぁ!?」
んなこと相談すんなよバカ!って、思わず叫んだら。またごめんなさいって謝られた。
つーか桜はまだしもなんで先生、しかも顧問に相談してんだよ…!
いやー俺にもそんな甘酸っぱい思い出あるなぁって言ってたって、アホかあいつは。うわー俺の高校生活マジで終わった。
そもそも、こいつが傷ついてたからしたわけじゃないのに。
「本当にごめんなさいっ!」
「…や、大丈夫、俺が悪いし」
「あたしが逆に傷つけてしまいました…すみません」
傷は…ついてはないけど。まぁ顧問に知られて、もしかしたら桜経由で赤也に知られたりその先のやつらに知られて面倒臭くなるかもしれないけど。
俺はまた、自分の中の汚い欲が上がってきたことに気づいた。
そしてまた、止められそうもない。
「…あー、傷ついたぜ」
「はっ、す、すみません!」
「だから、もう一回な。最低5秒」
「…え?」
ゆっくり近づいて重ねた。こないだは早すぎて感触どころじゃなかったから、今回はちゃんと味わえるように。手は、こんなときどうすりゃいいかわかんなかったけど、とりあえずそっと肩に置いた。
ただ最低5秒とは言ったものの、たぶん3秒ぐらいで俺が耐え切れなくて離れた。
心臓のドキドキでそれ以上無理だった。
いやって言えばいいのに。突き飛ばせばいいのに。
何考えてんの。俺も、お前も。
どんな顔してるか、何言われるか。怖くて。
離れたあとは顔は見れずに手元の問題集を見て、言いたかった話をした。
「今、新人戦。ダブルスで勝ち残ってるけど」
「は、はいっ」
「関東まで行きたいって、思ってて。たぶん青学の連中も何人か上がってくるだろ」
「……」
「もし菊丸に当たったら、今度は勝ちたい。あいつだけには負けたくない」
英二くん、だけには…?いまだに丸井くん呼ばわりで敬語なだけに、ただ名前を呟いただけなのに俺は胸がぎゅーってした。
「だから気が向いたら来て」
「……」
「俺のこと、応援して」
たぶんまだ菊丸のこと吹っ切れてないだろうし、もともと立海なんて応援したい気持ち、ないのかもしれないけど。
こいつには、俺の応援をしてほしかった。そんで、菊丸にだけは負けたくなかった。前に負けたっていうのもあるし。
それ以外の何かもある。
ていうかたった今また意味不明に強引にやっちゃったし、さすがに嫌われるんじゃ………、
「は、はいっ!」
「…え?」
「丸井くんの応援に、駆けつけます!」
やっと顔見れた。物理のわけわかんねー数字やらアルファベットやら見てたせいか。すげーキラキラして見えた。
いや、実際キラキラしてる。かわいいかわいい笑顔で。
俺は……、何なんだろうなほんと。