「はい!」
「初心者でも作りやすいクッキーだ」
「よろしくお願いします!」
今日は高橋にクッキー作りを教える日。日というか、朝。今まだ7時過ぎだ。土曜にお菓子作りを教える約束して、普通に放課後でいいって言ったんだけど、テスト前だしそれはダメです!って、早朝集まることになった。
ここは家庭科室。家庭科の先生に頼んで使わせてもらってる。俺は普段からも借りてるし、家よりは集まりやすいだろうと思って。
「…よし、じゃあこれを30分ぐらい冷やすぞ」
「はい!」
「で、そのあと型を抜いて焼くんだ」
「丸井くんが持ってきてくれた型、かわいいですね!ヒトデ!」
「それは星な。うまそうだろ」
「はい!…こっちはクラゲとエイですか?」
「スペードとダイヤだ。何だよその水族館シリーズ」
クッキー生地は作り終わって、冷蔵庫に冷やす間。
こいつは冷蔵庫に鼻がつくんじゃないかってぐらい近くでクッキーを見張ってるけど、冷やすだけだから意味ないし。つーか俺が失敗するわけないじゃんって、何とか引き離した。
ついでに、今日のこの時間たぶん手も空くし暇だろうし、昨日の夜自分で作ったケーキを持ってきた。
「これ食おうぜ」
「…丸井くんが作ったんですか?」
「ああ。すげーだろ」
「すごいですっ!すごい!…そしておいしい!」
「もう食ってんのかよ。ちゃんと見て視覚でも楽しめ」
「すみません!あまりにおいしそうだったのでっ」
俺がお菓子作りが得意なのはもう、テニス部はもちろん一度も同じクラスになったことないようなやつでも知ってる。中等部の頃から文化祭とかでお菓子コンテストに出品してたし。だから今さらすごいとは言われない。
たぶん周りのやつらは、お菓子作りは俺の単なる趣味で、ただ自分が食いたいだけだからやってるって、思ってる。
でもそれはちょっと違う。俺の小さい頃の夢はパティシエだった。そんで世界中に俺のお店を開くんだって。
ただ、ちょっと大人になってからそれはかなり難しいことだとわかった。半生修行に費やしたって、人生かけたって、花開かない人もたくさんいるし。パティシエにはなりたくても、普通にテニスやったり友達と遊んだり、中高大学と楽しく悠長に過ごすことを望む俺には無理だって。
たとえもう終わりかけの夢でも、俺には特別なんだ。だから、こんなふうに素直に褒められると、めちゃくちゃうれしい。
よくよく見たら、いやよく見なくてもかわいいけど。まぁバカだし声もデカいしガサツ…とまではいかないけどおしとやかとは程遠い。
そんなこいつがちょっと、気になってはいる。赤也のせいもあるけど。
ただ、もし誰かにそんなこと言ったらきっと、顔だけでって、見た目だけでって、思われるだろうな。なんか中身は残念な子って言われてるらしいし。
そんなことねぇのに。
「そーいや、あのクッキー作ったらどうすんの?」
「えーっと、食べます!」
「一人で?全部?」
「いえいえ、丸井くんも一緒に食べてください!」
そりゃそうだよな。いや、別に教えてやった礼としてくれって言ってるわけじゃなくて。
今日作ったやつはけっこうな量になりそうなんだ。材料教えたらその3倍の分量を買ってきやがった。お年玉崩したっつって。もともと俺とこいつも完成品食うだろうと思ってたから、ちょっと多めの量を伝えてたんだけど……、
「あと、あげたいなって、思ってるので」
ちょっと恥ずかしそうに言うから、ビックリしたのもあるけど。
それとは別に、誰にだよって、ちょっとドキッとした。ドキッて、なんか嫌な汗かくほうのドキ。
「同じクラスの、幸村くんと仁王くんに」
「…あいつらに?」
「はい。そしたらきっと仲良くなれるかなって」
「へー…」
「二人とも本当は女子に優しいって、切原くんに聞きました。でもあたしは青学だったから、ちょっと嫌われてるので」
いやー、別に青学だったからってわけじゃねぇ気もするけど。去年の決勝はそりゃ負けて悔しかったけど、そのあとの合宿でみんな普通に仲良くやってたぜ。幸村は青学の不二と同じ部屋だったし、仁王は大石のことタマゴとか呼んだりダブルス組んだり、他のやつらにもいつも通りちょこちょこちょっかいかけてた。
ていうかそもそも嫌われてはいない気もする。だって二人ともこいつのことかわいいって絶賛してたし。そんな理由なく人を嫌うタイプじゃねぇだろあいつら………、
「あ!そうだっ!」
ごちゃごちゃ考えてたせいで、突然何か思い出したかのように叫んだこいつの声にビビった。うっかり、フォークも落とした。
「す、すみません!」
「や、大丈夫……って何、どーしたんだよ」
「あ、あの、丸井くんに聞きたいことがあったのを思い出したので!」
聞きたいこと?…って、こないだ聞いたじゃん。俺の名字。
いや待てよ、そういやその後、またなんか聞きたそうにしてたっけ。ジャッカルに呼ばれて話は中断したけど。
そう思ってたら、こいつはまったく予想外のことを聞いてきた。
「丸井くんは、あたしのこと嫌いですか?」
「…は?」
「元青学だし、初めて会ったときも何だか怒ってたようだったので」
初めて会ったとき……、ああ、あのE組でのときか。
あんときは…まぁ、俺もちょっと大人気なかったからな。確かに俺のお菓子奪ったこいつは憎らしかったけど。そのあとチョコバットくれたし。
「いや、嫌ってたらこんなお菓子一緒に作らねーだろ」
「ほんとに!?」
「ほんとに」
「やったー!」
今度は高橋がフォークを落とした。立ち上がってバンザイしたから。
無邪気っていうのかね。こんな直球でしかも本人に対して嫌ってるか聞くやつなんていねーだろ。ほんとに嫌ってたらどーすんだよ。
おまけにこうも喜ばれると、恥ずかしいし照れるし。
でも悪い気は全然しない。むしろうれしい。
中身も相応にかわいいと思ってた。その気持ちは強くなった。
「今日は丸井くんがおいしいクッキー作りのお手伝いをしてくれて、助かりました」
「まだ出来てないけどな」
「いやいや、絶対おいしいですよ!きっと二人も心を開いてくれます!」
どーだかなぁ。ちょっと微妙に心配っつーか、懸念?引っかかることあるんだよな。
あの二人に、クッキーって。受け取るか?受け取ったとしても、喜ぶ?ちゃんと食うかどうかも怪しいぜ。
止めるのも悪いし、なんか一生懸命だしやたら期待してるし。
ただただ心配になった俺は、その渡す瞬間をこっそり見守ることにした。ジャッカルも連れて。