恋人だったんだよ

今日は土曜日。普段なら部活があるけど、期末テスト前だからって休みだ。せっかくの休みだし、まー勉強は夜やればいいだろって思って、今、赤也んちに向かってる。



「こんちはー」



鍵開いてるから勝手に入ってきてくださいって、メールがきてた。いつもなんだけど、こいつんちはやたらオープンっつーか、不用心なんだよな。

…あれ、でも中からは赤也以外の声もする。玄関にも、女物の新しめな靴が一足。なんだ、姉貴の友達でも来てんのかな。
ちなみに赤也の姉貴、桜とは同学年だけど、そこまで仲良くはない。赤也んちにいたら挨拶する程度。だってなんか、こえーし。



「あ、丸井サン!いらっしゃい!」

「おーっす……」

「あーーー!」



リビングに入っていくと、赤也と桜、あともう一人。

そいつから、デカい声が響いた。
高橋だ。



「丸井くんっ!こんにちは!」

「え、なんでお前がいんの?」

「はい!今日は切原さんにお招きされてテストの勉強をしてます!」



見ると、確かに高橋はペン持ってテーブルにノートとか広げてやってるっぽいけど。…ていうか、化学や物理のまとめノート作ってる。作らされてる?
赤也はもちろん、当人の桜もゲームをやってる。まぁうちと一緒でここも兄弟仲がいいのは知ってるけど。
なんていうか、桜がめちゃくちゃブラコン。赤也をイジメたっつーかからかった一個上の先輩に、なぜか生卵両手にケンカ吹っかけたのは有名。

ちなみに赤也が中学1年のときの新入生歓迎会で、俺も赤也をからかい過ぎて、危うくこの女に生卵投げつけられるところだったっていう昔話もある。



「丸井くんも今日は勉強しに来たんですか?」

「や、俺は普通に遊びに」

「仲良しなんですね!」



赤也は桜とテレビ画面にかじりついてるし、俺は何となく高橋のすぐ横に座った。



「お前、赤也の姉貴と仲良かったの?」

「はい!同じクラスで同じ女子テニス部なので…」

「仲いいっつーか懐かれてんの」



画面から目を逸らさず、桜から憎まれ口が飛んできた。

そういや、久しぶりに高橋としゃべったな。あの決闘以来、どっかで会えば挨拶はするけど。クラスも違うし。
放課後はなんか、テニスコートの近くでちょこちょこ練習はしてるみたいだけど、結局部員はここの二人で、もはや存続の危機って噂で聞いたな。



「あ、丸井くん、あたしシュークリーム持ってきたんです」

「マジで!?」

「はい!今お茶も出しますね!」



シュークリームなんて、ラッキー!いいタイミングで来たぜ。

ていうか、なんで高橋が準備?人んちなのに、何だか自分んちのようにせっせと準備してるし。まぁここの主二人は、おもてなしなんてしねーか。



「くっそー!死んじまった!」

「大丈夫、赤也の仇はお姉ちゃんが取るから。休憩してて」

「ちくしょー…あ、高橋サン!俺にもお茶!」

「は、はい!」



やっと、赤也は画面から目を離し、俺の近くにやってきた。

…なんだこの疎外感的な感覚。桜と仲良かったのも知らなかったけど、赤也とも仲良かったのか。お茶の準備までしてるし、けっこう遊びに来てんのか。



「丸井サン丸井サン」

「ん?」

「高橋サンのこと、覚えてます?」



やたら小声で。てかたぶんそこにいる桜やあっちにいる高橋本人に聞こえないようにだろうけど。意味ありげに聞いてきた。



「あー、青学にいたってことだろ。去年の全国大会で」

「そうそう。確か仁王サンが最初に目つけてて、俺とかと一緒に見に行ったじゃないっスか」



それも覚えてる。仁王が試合前のくせに見に行こうって言い出して。その前から、何回戦目でかは忘れたけど、どっかの制服着ためちゃくちゃかわいい子がいるって言ってて。それを決勝の日に見つけたって。

あの、ジャッカル呼びに行ったE組ですぐ思い出した。あーあのときの青学の女子だって。



「いやー、まさか立海に入学してくるとはね!最初姉貴の友達っつって来たときビックリしたっスよ」

「前も来たことあんの?あいつ」

「や、今日が初めて」



今日が初めて?…の割りにはずいぶん仲良しだな。

なんか、高校から立海だからってだけじゃなくて、たぶんあいつの性格もあんだろうけど。俺とかジャッカルとか、同級生なのに敬語だし、微妙に距離感あるんだよな。さっき桜が言ってたように、やたらと懐っこいとこもあるんだけど。



「で、さっき姉貴にチラッと聞いたんスけど」

「何を?」

「幸村サンと仁王サンに、ずいぶんといじられてるってか、いじめられてるって。クラスでも浮き気味って」



そういや前、クラスで話す人いないって言ってて。幸村と仁王と同じクラスだけどしゃべんないのって聞いたら、なんかめちゃくちゃ微妙そうな顔してたな。

それでか。あいつらにたぶんいじられてんだ。



「なんでっスかねぇ」

「え?」

「や、二人とも女子には優しいタイプなのに。高橋サンには冷たいらしいから」

「あー、かわいいからじゃん、高橋」

「へ?」

「逆にいじめたくなるんじゃねーの?」



俺の言葉に赤也は、一瞬ビックリしたけど。すぐに、ニヤーっと、笑った。



「…なんだよ」

「よかったっスね、同じ学校になれて!」

「はぁ?」

「だって丸井サンから女子のことかわいいって聞いたの、今日がたったの二回目っスよ。彼女出来ても続かなかったし」

「……」

「ちなみに一回目は、去年の全国大会で同じく高橋サンに対して!」



ホントにお菓子が恋人なのかと思ってましたよ〜って、言われた。

そーいやそうかも。まぁ自分の中では、あいつかわいいなって思う女子は何人かいたし、告白されて何となく付き合ったりもしたけど。誰かの前で好きとかかわいいとか口に出すのは恥ずかしかったし。そもそもテニスに必死で、恋愛に本気になるなんてなかった。

赤也の言ったことは当たってた。俺はお菓子が恋人だったってことと。
確かに去年、高橋のことかわいいって思ったしみんないるときにそう言った。あれはヤバい、かわいいって。

でも今は、去年と違って、顔だけじゃない。中身も、相応にかわいいんじゃないかと思ってる。ちょっとバカだけど。

そんな、ニヤけた赤也との慣れない話に恥ずかしがってたら、やっと準備が終わった高橋がやってきた。



「お待たせしました!」

「おーありがとうございます!」

「切原さん!シュークリーム食べましょ…」

「今集中してるから、静かに!」

「ご、ごめんなさいっ!」



いいやつなんだよ、たぶん。見た目は文句なしにかわいいっつーか美人な感じなんだけど、中身はだいぶ抜けてて。でもなんか、真面目っつーか純真な感じ。



「丸井くん、早く食べてください!」

「お、おう」

「感想を聞かせてください!」

「…感想?」



なんで感想?シュークリームなんてだいたいうまいだろ。

…って、シュークリームだと高橋が差し出した物は、なんかクッキーみたいに平べったかった。
不思議に思いながら一口二口食べたら。



「……なんか、変な味がするっス」

「ええええ!?」



同じく。シューはぺしゃんこでベタベタ、中のクリームもなんか、甘過ぎなのか妙な味しかしない。



「…まさか手作りか?」

「は、はい!初めてだったんですが…」

「ぶっちゃけまずいっス、これ」

「ええええー!」

「あたし食べなくてよかったー!」



ようやく一区切りついたのか、桜がこっち見てケラケラ笑ってる。
確かにこれは食べないほうがいい部類。



「これは丸井サンに教えてもらったほうがいいっスね!」

「えっ、丸井くん、お菓子作り得意なんですか!?」

「めちゃくちゃ得意っスよ!ねー丸井サン」



さっき以上にニヤけた赤也。桜がいなけりゃたぶん殴ってる。

あーなんか、めんどくさいことになりそーだな。



「是非!丸井くん教えてください!」

「……まぁいいけど」

「やったー!」



またあのデカい声で、天に突き抜ける勢いでバンザイされた。

でもまぁ、いっか。こんなんで立海、楽しめるなら。なんかクラスも微妙なんだろうし、部活もまともにできてねぇし。



“本当に今日は楽しいです!テニスもだし、クラスでもあまり話せる人がいないので”



かわいそうって、ほんのちょっと思ったけど。

それ以上に、これから楽しくなるんじゃないかって、俺自身が期待してた。

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