24

伏せていた目を上げて俺を見つめたひかりちゃんは、ちょっと、戸惑ってるようだった。自分のさっきしたことでか、俺の言葉にか。

俺と一緒にいたいんじゃないかっていう期待。避けられとると思ってたのに、その真逆の期待。俺こそ戸惑う。


「今日ずっと遠い場所におったじゃろ」

「…はい」

「なんで?避けてた?」

「違います。…私」

「……」

「たぶん今日初めて、仁王先輩が真剣にテニスをしてるの、見て」

「……」

「……」


そのままひかりちゃんは黙って、また下を向いた。
今日初めて真剣に俺がテニスしてるのを見て…なんだ?それで避けたくなることって……わからん。

待っててもひかりちゃんも俺も答えは出なそうだった。とりあえず隣に腰掛けると、前みたいな、同じ空間にいても無言っていう時間が少し続いた。俺の左肩とひかりちゃんの右肩、拳1個分の距離。


「仁王先輩は、けっこう女子の写真撮ったりしますよね」


まだ尾を引いていた若き日の俺の失敗。それはほんとに単なる練習だったが、ここまで響くとは。


「かわいいなって思って撮ってるんですか?」

「…や、そうじゃないっちゅうか、撮ってる自覚がなかったっちゅうか」

「じゃあ、写真を撮ることも惜しいって思うぐらい、かわいいなって思う女子はいますか?」


写真撮るのも惜しい?それはよくわからん、というかむしろ逆じゃないかと思った。写真撮りたいぐらいかわいいって。

ただ、かわいいと思う女子。いるし、それはひかりちゃんとかひかりちゃんとかひかりちゃんとか…そう答えてもいいのか、いないってごまかしたほうがいいのか、迷ってたら、その前にひかりちゃんが続けた。


「私は今日たぶん初めてちゃんと見てて、一番かっこいいなって、思いました」

「……」

「写真に撮るのも、レンズ越しなのも惜しくなるぐらい」


なるほど。その惜しいという意味がようやくわかった。そんなこと…って言ったら写真部には失礼じゃけど、そうする時間や動作が惜しいと。
俺もひかりちゃんの笑顔の写真は欲しいが、じゃあたった今ここにカメラがあったとして、それを駆使するかというとしない。
この目で見ていたいからだ。

わかったけど、じゃあ誰が?とは聞けなかった。そう聞いて違う人の名前を言われたら嫌だったのもあったし。
今ここで二人で話してて、この流れ。やっぱり期待ばっかり膨らむ。


「テニスのときだけ?」

「いや、そういうわけではないんですけど」


ちらっと見ると、俯いたまま照れ笑いしてるのがわかった。ちょっと前まではこんな顔はかなりレアで、なんとかして見たいと思っとったのに。


「よく笑うようになったのう」

「…え?」

「よく話すし。前は素っ気なかったじゃろ」

「素っ気…それは仁王先輩もですよね」

「そういやそうか」


ほんとによく笑うようになった。普通に会っただけじゃニコリともしなかったのに。今も笑ってる。


「俺は、素っ気なくても笑ってても、いつでも一番かわいいと思っとる」


うっかりなのか、もっと主張したくなったのか、割りと素直に口から出た。でもそれに対しての返事は聞きたくない気がした。それはビミョーってリアクションされても嫌だし、そもそも今の時点でむちゃくちゃ恥ずかしいし。

ただ、一緒にいて、おもしろいこととか冗談言っとるわけじゃないし、おまけにお互い核心は言わない。もどかしいはずなのに、自然と笑い合える。

これこそまさに、いい感じじゃなーと思った。


「…も、もうすぐ全国大会ですね」

「ああ」

「頑張ってくださいね。応援行きますね」

「ひかりちゃんも、かっこいいとこ見逃さんようにな」

「じゃあ先輩も、今日以上にかっこいいところをお願いします」

「任せんしゃい」


よかった、さっき言ってたかっこいいのって俺のことじゃ、とようやく確信できてガッツポーズしそうになったが。今のこういう“いい感じ”を崩したくなかったから、我慢できた。

ただし、我慢できたものの。心が満たされているものの。俺が男だからか、今度は触りたいって思った。肩とか、手とか、背中とか。

ひかりちゃんはまだ俯き加減できっと気づかない。そーっとそーっと、重心を後ろに傾けつつ、左手を回した。触れないように、気づかれないように、囲うように。
さすがに今腰に手回したりなんかしたら嫌われるかもしれん、ここはあえて触れずにそういう雰囲気を味わうだけで……。


「先輩危ないですよ」

「!」


急にひかりちゃんがこっちを向くもんだから、ビクッとした。おまけに後ろに傾きつつあってひっくり返りそうになった。

だからじゃき。ガシッと、ひかりちゃんにしがみついた。


「あ、大丈夫ですか?」

「…なんとか」

「なんか後ろに傾いてるなと思って危ないなって。一瞬寝てました?」


拍子抜けするようなことを言いつつひかりちゃんは、掴んだままの俺の腕に手を重ねた。
これは、予想外のシチュエーションなものの、希望通りの展開。


「いや、大丈夫」

「そうですか?海岸まで鍵借りてきますか?」

「たぶんもうすぐ終わって戻ってくるじゃろ」


そんなことを話しながら、体勢を整えながら、ぎゅうっとひかりちゃんの右手を俺の左手に収めた。大成功じゃき。

ひかりちゃんが嫌そうにするとか、なに握ってるんですか変態って言われたらもちろん離すつもりじゃったけど。
あいつらが戻ってくるまでの10分間、ずっと繋ぎ続けることができた。最高のひと夏の思い出だった。

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