07 一方通行な想い

「梅こぶ茶!おいしいよ。」



おとなしくリビングのソファーで待ってた俺に、ずいっと差し出された湯呑み。受け取るとあったかくて、冷えた手がジンとした。



「服乾かないかもね。」



ドライヤーでブォーって俺の服を乾かす葵。…そら無理じゃろ。
ズボンはスウェットを借りた。上着はびしょ濡れだったけど、中はセーフ。これで帰るしかないのう。

家の中のがあったかいはずなのに、なんでかさっきより寒い気がする。雨のせいで体が冷えきっとる。



「葵、」

「んー?」

「寒い。なんか上羽織るもんは?」



そしたらパーカー持ってくるとかなければ毛布持ってくるとかせめて暖房つけてくれるとか、そんな優しさを期待した。

が、葵は服を乾かすために使ってたドライヤーを俺の顔に向けた。



「ほら、あったかい。」

「…確かにな。」



局所的すぎる。てゆうか息苦しい。もーいいって言っとるのに笑いながらやめないこいつに、イライラしてきて、立ち上がりドライヤーを奪う。



「あ、返してー。」

「ダメじゃ。」



そう言って葵の顔にドライヤーを向ける。



「うわっ?」



ほらな、苦しいじゃろ?って、俺はガキのように勝ち誇った。

最初、軽い仕返しでやったのに、目をギュッと閉じて耐えようとしてる葵の顔がおもろくて。耐える必要ないのに頑張ってる葵が俺と同じくガキじゃなって思うと可愛くて。

ドライヤーを止めた。



「あははー勝った勝っ……!」



できれば目を閉じたままでいてほしかった。

近づく俺の顔をジッと見つめるその目に、不覚にも心臓が縮みそうなぐらい。ドキドキした。

動かないようにと肩に回した右腕は意味なく感じた。葵は何の抵抗もせんかったから。

ただ、あとちょっとって瞬間、葵は少し下を向いて肩を強ばらせた。

その行動が可愛くて。
女を感じた。



冷えきっとったのは俺だけじゃなかった。触れただけじゃけど、葵の唇も冷たくて。

堪らず、包み込んだ。身体中冷えとって、俺の体温、全部やりたかった。

手放したドライヤーが床に落ちる。



「ま、雅、」

「ん」

「ドライヤー、絶対壊れた、今、」

「…新しいのやるから。」



だから今は、お前のこと抱きしめさせて。

俺のことも抱きしめて。

でも、
いつまでたっても抱きしめ返してはくれなかった。



「あのね…、」



しばらくの沈黙の後、葵が口を開く。



「あたしね……、」



その後続く話は100%、俺にとって嫌な話だって、ピンときた。

聞きたくなかった。
より一層腕に力がこもる。



「ただいまー。」



俺の願いが通じた?

玄関のほうから、声が聞こえた。咄嗟に体を離す。



「お、お母さんだ!」



お帰りー!ってぱたぱた走っていった。

親が帰ってきたんか…。やばい。気まずくないか?俺。

慌てたのも一瞬、すぐに母親と葵はリビングに戻ってきた。

初対面の母親さんは、似すぎてて笑った。

似てるのは顔だけじゃなく、性格も似てるのかめちゃくちゃ話しやすく、優しい人じゃった。謎の後輩、俺の正体にもツッコミもせず。

あのおかしな笑い方も、母親譲りだと、知った。



結局、その後父親も帰ってきて夜ご飯までご馳走になった。いい家族じゃなって思いつつ、頭を離れなかったのはさっきのこと。

キスは思わずってゆうのもある。雰囲気とかシチュエーションとかおいしかったじゃろ。

問題はその後。

今まで彼女や彼女予備軍と抱き合うことは何度もあった。けど、そういえば相手は抱きしめ返してくれてたんかどうか、知らん。まぁおそらくはひっついてきてたとは思うが。

近いのに。くっついてるのに。力を込めて抱きしめとったのに。

あんなに遠くに感じたのは初めてじゃった。
遠くに感じるからこそ。離したくなかった。

お前は何を言おうとしてたんか。
そのとき聞いておけばよかった。

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