01 詐欺師のデビュー

雨の日だった。
俺が初めて見たのは。



「仁王くん、お待たせ!」

「ああ。」



当時付き合ってた彼女が俺の教室まできて、一緒に帰る。途中で雨が降ってきたから今日は部活が早めに終わった。彼女もなんか忘れたけど部活入っとって、それ終わるまで待ってた。

小さなビニール傘に二人寄り添って入る。
ちょっと寒くなり始めた、秋だった。



「わー、野球部、雨の中まだやってるね。」



グラウンドを見やると、野球部が雨の中まだやっとった。

それ見て、あー野球部じゃなくてよかったと思いつつ、だから野球部は青春の代名詞なんじゃなと、特に強く興味を持つわけでもなく、通りすぎた。

そしたら足元に、ボールが転がってきた。



「すいませーん!」



女の声。

すいませんってことは拾えってこと?

手汚したくなかったが、彼女が拾おうとしたから俺がサッと拾った。



「どーも!」



放ると受け取った女は、でかい声で礼を言った。

全然、そのときは雨のせいもあって姿形は覚えてない。ただ、女で雨の中野球部のボールを拾ってたってこと。

あと、ジャージの色から3年だったってことしかわからんかった。

当時、俺2年。
寒くなり始めた、秋。





「仁王くん…ひどい!」

「あーすまん。別れたいなら別れるか?」



―バチンッ!



乾いた音が響いて、彼女が走り去った。

あーあ、痛いのう。俺が何したってゆうんじゃ。
ただメールとか返事しなくて怒られてあたしのこと好きなの?って聞かれて普通って答えたら、これじゃ。

だって普通は普通じゃし。
嘘つかんだけでもマシじゃろ。



現場(彼女の教室)からとぼとぼと、自分の教室に向かう。しとしと、外は雨が降ってる。最近よく降るのう。

教室に入ると、俺の机に物影と人影を見つけた。

物影は俺の鞄。
人影は、

……誰じゃ?

電気もつけず、すでに暗くなった教室で、机に突っ伏してる。

まさか、ファンのやつかのう面倒じゃな。たまにある。なんか俺のものに触りたいとかで、勝手に上履き履いたり椅子交換したり消しゴム取ったり。

ある意味イジメじゃろ。



ため息をつきながら机に近づくと、やっぱ女だった。
こっそり鞄だけ取って何も知らんふりして帰ろ。



―ガバッ!



そう思った矢先、机に伏してる女は勢いよく顔を上げた。



「あ、……あれ?」



あれ?じゃない。
俺の顔見てやたらビックリしてる。こっちのほうがビックリじゃし。



「あはは、あたし寝ちゃってたわ。」



まぁ、ヨダレの跡ついとるき、だいたいわかる。

何で俺の席で寝てんのかが、謎。



「えーと、この席の人?」



コクリと頷く。何となく声を発するのが面倒。会話したくない。



「あー、ごめんね。あたし去年この教室使っててさ。あ、今3年なんだけど。」



3年…。

ふと、こないだの野球部のことが頭を過った。ただ過っただけ。



「懐かしくて座ってたら寝ちゃったよ。あははは。」



バカっぽいやつ。

第一印象はそんなもんだった。人の席座って寝るって。しかも教室なんてどこも一緒じゃろ。



「…別にいいっす。」



ぶっきらぼうに一言、そう言って帰ろうとした。



「君さ、テニス部でしょ?」



後ろの方で、聞こえた。俺はもう教室の入り口まで来てたから。

何だって俺はやたら人に知られてんじゃ。ま、この目立つ髪のせいもあるじゃろが。

テニス、おもしろいが、そーゆうとこ面倒じゃな。

俺はそのときレギュラーになりたてだった。3年が引退して、自動的に、俺や丸井、ジャッカルがレギュラー入り。

だからかちょっと天狗になっとった。ただ試合に勝てばいいんじゃろ?簡単って、思っとった。



「あのさー、…真田?」

「真田?」



聞き覚えのある名前に、少し食い付いた。一応、副部長。あんま話さんし好きじゃないけど。



「真田と一緒のテニス部だよね?」

「…で?」

「真田さぁ、風紀委員じゃん。あたしのこといっっっつも捕まえるんだ。スカートが短い!って。」



思わず、そいつの膝元を見た。座っとるけど、短いんだろうことはわかった。



「年下なのに生意気なのよ、あいつ。」

「……。」



俺に言われても困る。でも俺もあいつは生意気だと思う。てか丸井も一個下の切原赤也も。

たぶん俺も生意気部類に入るじゃろな。



「だから、君からも言っといて?」

「…は?」

「死ね更け顔!って。」



いや、それは俺が殺される。
俺が黙ってるとあはははーって、笑い始めた。

ああ、もう早く帰りたくなってきた。なんかこいつの笑い方、笑える。うつりそう。



「…じゃ、帰るんで。」

「あ、あのさ!」



まだ何かあるのか。

うんざりしながら振り返った。



「君の名前は?」



知ってどーすんだよってこと。
知られたら面倒じゃないかってこと。
早く帰りたかったこと。
実は一足先にレギュラー入りしたことが嫉ましかったこと。



「柳生です。柳生比呂士。」



もしかしたら俺がテニス以外で初めて詐欺した瞬間かも。

もう会わないだろと思っとった。

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