俺が初めて見たのは。
「仁王くん、お待たせ!」
「ああ。」
当時付き合ってた彼女が俺の教室まできて、一緒に帰る。途中で雨が降ってきたから今日は部活が早めに終わった。彼女もなんか忘れたけど部活入っとって、それ終わるまで待ってた。
小さなビニール傘に二人寄り添って入る。
ちょっと寒くなり始めた、秋だった。
「わー、野球部、雨の中まだやってるね。」
グラウンドを見やると、野球部が雨の中まだやっとった。
それ見て、あー野球部じゃなくてよかったと思いつつ、だから野球部は青春の代名詞なんじゃなと、特に強く興味を持つわけでもなく、通りすぎた。
そしたら足元に、ボールが転がってきた。
「すいませーん!」
女の声。
すいませんってことは拾えってこと?
手汚したくなかったが、彼女が拾おうとしたから俺がサッと拾った。
「どーも!」
放ると受け取った女は、でかい声で礼を言った。
全然、そのときは雨のせいもあって姿形は覚えてない。ただ、女で雨の中野球部のボールを拾ってたってこと。
あと、ジャージの色から3年だったってことしかわからんかった。
当時、俺2年。
寒くなり始めた、秋。
「仁王くん…ひどい!」
「あーすまん。別れたいなら別れるか?」
―バチンッ!
乾いた音が響いて、彼女が走り去った。
あーあ、痛いのう。俺が何したってゆうんじゃ。
ただメールとか返事しなくて怒られてあたしのこと好きなの?って聞かれて普通って答えたら、これじゃ。
だって普通は普通じゃし。
嘘つかんだけでもマシじゃろ。
現場(彼女の教室)からとぼとぼと、自分の教室に向かう。しとしと、外は雨が降ってる。最近よく降るのう。
教室に入ると、俺の机に物影と人影を見つけた。
物影は俺の鞄。
人影は、
……誰じゃ?
電気もつけず、すでに暗くなった教室で、机に突っ伏してる。
まさか、ファンのやつかのう面倒じゃな。たまにある。なんか俺のものに触りたいとかで、勝手に上履き履いたり椅子交換したり消しゴム取ったり。
ある意味イジメじゃろ。
ため息をつきながら机に近づくと、やっぱ女だった。
こっそり鞄だけ取って何も知らんふりして帰ろ。
―ガバッ!
そう思った矢先、机に伏してる女は勢いよく顔を上げた。
「あ、……あれ?」
あれ?じゃない。
俺の顔見てやたらビックリしてる。こっちのほうがビックリじゃし。
「あはは、あたし寝ちゃってたわ。」
まぁ、ヨダレの跡ついとるき、だいたいわかる。
何で俺の席で寝てんのかが、謎。
「えーと、この席の人?」
コクリと頷く。何となく声を発するのが面倒。会話したくない。
「あー、ごめんね。あたし去年この教室使っててさ。あ、今3年なんだけど。」
3年…。
ふと、こないだの野球部のことが頭を過った。ただ過っただけ。
「懐かしくて座ってたら寝ちゃったよ。あははは。」
バカっぽいやつ。
第一印象はそんなもんだった。人の席座って寝るって。しかも教室なんてどこも一緒じゃろ。
「…別にいいっす。」
ぶっきらぼうに一言、そう言って帰ろうとした。
「君さ、テニス部でしょ?」
後ろの方で、聞こえた。俺はもう教室の入り口まで来てたから。
何だって俺はやたら人に知られてんじゃ。ま、この目立つ髪のせいもあるじゃろが。
テニス、おもしろいが、そーゆうとこ面倒じゃな。
俺はそのときレギュラーになりたてだった。3年が引退して、自動的に、俺や丸井、ジャッカルがレギュラー入り。
だからかちょっと天狗になっとった。ただ試合に勝てばいいんじゃろ?簡単って、思っとった。
「あのさー、…真田?」
「真田?」
聞き覚えのある名前に、少し食い付いた。一応、副部長。あんま話さんし好きじゃないけど。
「真田と一緒のテニス部だよね?」
「…で?」
「真田さぁ、風紀委員じゃん。あたしのこといっっっつも捕まえるんだ。スカートが短い!って。」
思わず、そいつの膝元を見た。座っとるけど、短いんだろうことはわかった。
「年下なのに生意気なのよ、あいつ。」
「……。」
俺に言われても困る。でも俺もあいつは生意気だと思う。てか丸井も一個下の切原赤也も。
たぶん俺も生意気部類に入るじゃろな。
「だから、君からも言っといて?」
「…は?」
「死ね更け顔!って。」
いや、それは俺が殺される。
俺が黙ってるとあはははーって、笑い始めた。
ああ、もう早く帰りたくなってきた。なんかこいつの笑い方、笑える。うつりそう。
「…じゃ、帰るんで。」
「あ、あのさ!」
まだ何かあるのか。
うんざりしながら振り返った。
「君の名前は?」
知ってどーすんだよってこと。
知られたら面倒じゃないかってこと。
早く帰りたかったこと。
実は一足先にレギュラー入りしたことが嫉ましかったこと。
「柳生です。柳生比呂士。」
もしかしたら俺がテニス以外で初めて詐欺した瞬間かも。
もう会わないだろと思っとった。
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