「仁王先輩。仁王先輩ってば!」
部活の休憩中、ぼーっとその辺の石段に座って空眺めとった俺の視界を遮り赤也が飛び込んできた。
「なんじゃ。」
「クラスのやつに聞いたんスけど、…彼女サン、他校受験するってほんとっスか?」
人が今一番傷ついてることをよくも直球で聞けるのう。別にいいけど。もう慣れた。
どこでどう漏れたんか知らんけど、あいつが立海ではなく別の高校いくって話はあっという間に学校中広まった。
あいつはそんな人脈はないし、友達すらほとんどいないくせにこんな有名になるとは、ほんと暇人が多いんじゃなと思いつつ、きっとこの事態を面白がっとるやつもいるんだと思うと、心底腹が立った。
「ああ。そうらしいのう。」
「らしいって……、別れたんスか?」
直球で聞くデリカシーのなさとは裏腹に、ずいぶん心配そうな顔をしとる赤也。
最近は会う女会う女みんなして同じこと聞いてくる。「大丈夫?」ってちっとも残念がってないのはわかる。でもこいつはきっとマジで気にしてくれとるって、なんとなくだが伝わった。
「そーゆう大人の事情はお前さんにはまだ早いぜよ。」
「ちょ、誤魔化さないでくださいよ!」
バカにするように笑うと、もういいっス!と怒って向こうへ行った。
行ったら行ったでブン太とジャッカルに、お前空気読めねーこと聞くな!って逆に怒られとったけど。
結局、別れる別れないの話はしてなくて、実際どーなるんだと俺が一番聞きたいというのは柳生だけが知っとる。
別れるんですかと再び聞いてきた柳生に、ただ俺はまだ好き、それしかわからんって、不覚にも弱音を吐いちまった。
ようやく雪が降ってきて、積もるほどではないけどそろそろ練習も終わるかというとき、レギュラーだけ集められた。そこで真田からの提案。
「明日は皆で幸村の見舞いに行かないか?」
そういえばあれ以来行ってなかった。他のやつらも代わる代わる、って感じでみんなして行くのはなかった。見舞いに来るぐらいなら練習しろよと、ある日柳が伝言を受けてきたから。
それぞれ反対意見もなく、じゃあ明日、ということで今日の練習は終わった。
そして次の日、こないだ柳生に弱音を吐いた以上に不覚の出来事が起こる。
「幸村君!」
「あれ、みんなしてお見舞いかい?」
「へへっ、たまにはみんなで!ね、真田副部長!」
「へぇ、ずいぶんと余裕があるんだね。無敗は確実ってことかな、真田。」
「う…うむ。」
こんな幸村の皮肉も、嬉しさの裏返しだともうわかっとる。(たぶんな)
とりあえずみんなで最近のことやテニスのことを話して。途中、俺がトイレに立ったときだった。
「仁王。」
真田がついてきた。なんじゃ、連れションとは意外と真田も可愛いのうと思った。が、そんなはずはなく。
「お前に渡しそびれていた物がある。」
渡しそびれていたモノ?なんじゃろ。
もしかして、前に真田が話があるって言っとったのに関係あるんかと、うっすら気づいた。あのときは俺からの話で終わり、結局こいつの話は聞いてなかったから。
「これなのだが。」
真田のごつい手には、野球のボールが握られとった。
野球といえばもう連想するのは俺の中で決まっとる。心臓が一気に速くなる。
「なん、これ。」
「山下先輩から預かった。というか…、承った。」
承った?何を?
意味不明といった顔をしてたら真田は続けた。
どうやらこれは、あいつ宛ての“色紙”らしい。前に、まだ幸村が倒れる前の頃に、真田が預かった。俺に何かメッセージ書かせろって。
「だが俺は断った。聞けば仁王本人には外部受験をすることをまだ伝えていないと言うのでな。」
「…ああ。」
「俺からお前に言うのもおかしいと。」
友達もいないあいつ。ただいなくなるのは寂しいから、俺と真田に書いてって。たぶん真田を選んだのは、唯一テニス部で知り合いだったから。
「…あいつ、アホか。」
「俺も同感だ。」
「だいたい、色紙なんてもらう側が書かせるもんじゃないじゃろ。」
「そうだな。」
「しかも何で真田なんじゃ。友達っちゅうかただのうるさい風紀委員のオッサンって言っとったのに。」
「な、そんなことを!」
オッサンは俺が付け足したけど。
狼狽える真田からボールを受け取り、まじまじと眺めてみると、すでに真田からのメッセージは書き込み済みだった。
断ったくせに何ちゃっかり書いとるんじゃとつっこみたくなったが、読むと、だんだん鼻の奥が痛くなってきた。
卒業おめでとうございます。風紀委員として山下先輩とは──(長い、中略)──、今後の更なるご活躍を祈念しております。
いつかまた、立海へいらした際には是非テニス部へお立ち寄り下さい。
真田らしい堅苦しい文面。しかもスペース使いすぎじゃ。本命の俺の場所、メーカー名と被っちまうじゃろ。
バカらしいとか意味わからんとか思いながらも。
“いつかまた”
この言葉で急に、あいつと離れるんだって、実感が湧いてきた。
卒業したらもう会えない。あいつはもう、いない。
「…仁王?」
真田なんかに情けない顔を見られたくなくて。顔を伏せてしゃがみこんだ。ああ、たぶん真田は俺が泣いとるって思ってるだろう。何も言わず立ち尽くしてた。真田にこんな姿を見られるとは完全に不覚。
本当はわかっとったよ。だって俺ら、まだまだ子供じゃろ。(見えないとか言うな)
離れたらもう、終わりだって。
大人みたいに遠距離とかうまくこなせるわけなか。
何がいけなかったか、何が俺たちを変えたのか。何を憎めばいいのかどうすればよかったのかわからん。
ただ、俺は好き。それしかなかった。
でもそれは立ち止まった感情。きっともう進むことはない。
俺もあいつを利用してた。
テニスがつまんなかったとき、彼女もおらんかったとき、何も楽しいことがなかったとき。
出会ったあいつに、甘えてた。
思えば俺ら、似とったんかな。
突然出現して突然消えるとか。自分勝手なとこも。
全部全部、好きだった。
「真田、これ。」
「む?」
意外にも目がからっからな俺を見て、意外そうな顔。バカじゃな心では大泣きじゃ。
「確かに、本人に渡すぜよ。」
「…ああ。」
別れの言葉と一緒に。
「しかし、」
「ん?」
「何故ボールなのだ?普通に色紙でもいいだろう。」
そんなこともわからんと受け取ったのか。ほんと頭堅いやつ。
教えてやろうかと一瞬思ってやめた。なんか真田とそーゆう話とか寒すぎるし。
俺だけの話でありたかった。
あいつにとってきっとボールは特別。ただ誘われて入っただけの野球部で、ボール拾いから始まったマネージャー。
練習するわけでもないし試合にでるわけでもない。部活が終われば何もない。実際辞めて、あいつに残ったものは何もなかった。
だからこその、このボール。マネージャーをしていた、この立海で過ごした自分。それにつながるものなんだ。
たぶん、そんなとこじゃろ。冷静に、ただ色紙どこに売ってるかわからんかったってゆう選択肢もあるような気はしたが、そーゆうことにしとく。
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