15 迷える子羊〈前編〉

眠れなくて。いろいろ考えたりしたんじゃけど面倒になって、でも眠れなくて。

もう夜中の0時過ぎとったけど、ぶらぶらと、外散歩することにした。

近くのコンビニを通りがかると、暗かった道が一気に明るくなった。不良っぽい高校生とか、大学生っぽいカップルとか、仕事帰りっぽいサラリーマンが中にいて。夜遅くまで元気じゃなーと思った。
行くあてはなかったが、その仲間入りをする気はしなくて、そのまま通りすぎた。



5分くらい歩いて、外灯が2、3あるだけの小さな公園に入る。端っこにある鉄棒の隣、ベンチに座った。

座った瞬間、ひんやりと、木製のベンチの冷たさが伝わってきた。



(さむ…、)



ダウンを着てるとはいえ中はパジャマ(上下スウェット)。手はポケットにつっこんどるのに冷たくて、ちょっと痛い。

ごろんと仰向けに、ベンチに寝た。このまま眠ったら朝、凍った俺が発見されるかも。このままでもいいかも。…まぁ、まったく眠気はないが。



空気が澄んでる冬空は、星がきれいだった。近いようで遠い。星座なんて全然しらんけど、なんとなくあれはオリオン座かのーとか、北斗七星は絶対あれじゃって考えて。今初めて、目にうつる星たちに感謝した。こうやって考えることを与えてくれたから。



しばらくして天体観測も飽きたので、目を瞑ると、ポケットで携帯が震えた。

こんな時間…。ああ、親か。なんも言わず出てったもんじゃからかけてきたんか。

ゆっくりと手を動かしてポケットから携帯を取出し、何も見ずに適当にボタンを押して耳にあてる。



「もしもし。」



脳内では、こんな時間にどこ行ったのと、母親の心配する声が聞こえた気がした。
でも実際耳を震わせたのは、まったく別の声だった。



『…あ、起きてた?』



あれ、なんか母親の声と違う。誰だっけ、よく知っとるこの声。えーとえーと……、

閉じたままだった目を開けた。開けた、というよか開いた。勝手に。星は相変わらずきれいに俺を見下ろしてた。



『…雅?』



無言だった俺に心配そうに、問いかけた。声で誰かはわかるが、一瞬、耳から携帯を離して画面を見る。

山下葵。両サイドをハートに挟まれてる。いつの間にかやられてたやつだ。



「…あ、うん。もしもし。」



もしもし二回目。もしかして寝ぼけてる?なんて声が耳から吸い込まれた。いやいや、寝ぼけとるどころか覚醒したぜよ。

心臓がちょっとばかし速い。



『雅、今何してるの?』

「何もしとらんよ。」

『そっか。』

「…お前さんは?」

『電話してる。』

「そんなん知っとる。俺もじゃ。」



電話の向こうであははと笑った。いつも通り身のないやりとり。堪らず俺も、口元が緩んだ。

どうしたん?って、昨日までだったら聞けたんじゃけど。ちゅうか夜電話する予定だったっけ。こいつも電話しようと思ってたらしいし。

俺が電話しようとしたわけも、こいつから電話きた理由も聞けず。

だって聞いたら、聞いてしまったら、俺の望んでない話に発展してしまいそうで。
少しでもこの他愛もない会話が続くようにって、祈ってた。



『さっきはごめん。』



でも呆気なくそれは訪れ。ああそうじゃろ。それが本題だよな。

素直に、反省してそうな声が聞こえた。いや、キミは悪くないよ、と言えばよかったんじゃろが。そんな白々しいことは言えなくて。とりあえず、俺もいきなり怒ってゴメンと、謝った。

数秒、沈黙が流れる。



「…ケガ、大丈夫か?」



今さらと怒られるかもと思ったけど。あのときそう言ってやれなかった、精一杯の償い。



『うん。だいじょぶ。』



アリガトと呟いた声に、胸が締め付けられた。あんたのせいでしょと、責められたほうがマシだった。



『なんか聞いた?』



誰に何をというのを言わなかったのは、聞かなかったのは、もう分かり切っとるから。



「うん。いろいろ。」



そっか、と、聞き取れるかどうかというほどの小さな声。あなたついに知ってしまいましたね、という意味が込められてる気がした。

また続いた数秒沈黙の後、口を開いたのは向こうだった。



『あたしはひとりでも平気だよ。』



深刻な台詞とは裏腹に、その声もいつもみたいな半笑いで。いや、実際笑ってそうじゃけど(こいつならあり得る)。これが面と向かって言われてたなら気付かなかったかも。

電話で、顔も見れなくて、本心がわからんこの状況だから。いやに冷静な自分がいた。

“ひとり”って意味。
俺がいなくても?友達がいなくても?

前者なら別れる。後者なら別れない。

わかりやすすぎて、俺が望む答えは決まってた。
でもそれをこいつが望むかはわからん。だから、こいつに任せようと思った。

周りに誰もいない。あえて言うなら星が降り注ぐロマンチックな舞台。今世界が終わりましたって言われても納得できるような静けさの中で。

唯一つながる現実は、葵だけ。



「葵、」



かけてやる言葉が間違いだったかも。でもその言葉でこいつを救えたらって、ホントウにしたいって、思っとったよ。そのときは。



「俺もヘーキじゃから。」

『え?』

「俺も、ひとり。」



言葉足らずすぎて伝わっとるか微妙じゃけど。解釈は、お前に任せる。

“お前がいなくても”か、“友達いなくても”。

ひとりって言葉が胸に染みた。同時に、ゆらゆら揺れる決意みたいなかっこいい気持ちが胸に収まった。



「もう寝よか。明日また連絡するぜよ。」

『うん…。おやすみ。』



おやすみ。同時に電話を切った。

寝るといいつつまたしばらく星を眺めて。

欠伸がでたところで腰を上げた。もう寝んと。明日も朝練じゃし。

幸村はいないけど。きっといつも通り練習するだろう。



(……最後、かのう。)



少しだけ何かに謝りながら、公園を後にした。

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