13 変わる日常

「仁王君、いますか?」



扉の向こうで誰かに呼ばれて。この声は柳生。気付かれないように抜け出したつもりが、ばれてたのか。



「…おう。」

「皆さん、今日はとりあえず帰りました。私もそろそろ帰りますよ。」



みんな帰ったんかい。ようあっさりしとるのう。もうちょっと取り乱すとか泣き叫ぶとかなかったのか。素直に受けとめてるのか?

いや、俺は抜け出したから、知らんだけか。



「柳生。」

「はい。」

「お腹痛くて出れんー。」



こんな嘘が何分もつことやら。
でも出れない。

柳生にも、その他誰にも、会いたくない。

会ったら、悲しそうな悔しそうな顔見たら、嫌でも現実突き付けられるし。



「精密検査はこれからです。」

「…ふーん。」

「治るかどうか、治療はどうするのか…は、これからわかります。」



もし治らんかったら?
聞けなかった。ちゅうか、いくら医者の息子でもわからんやろ。

俺はしゃがんだまま、扉に背をもたれかけた。向こう側でも柳生がもたれかかってるかのような重み。

重い。



「10分したら迎えにきますから。」

「…はいよ。」



気を落ち着かせときたまえと聞こえた気がした。



“仁王、最近調子いいじゃないか”



うん。ようやく部活が楽しいって思うようになった。



“仁王も行くだろ?”



ああ、その言葉誰かに言ってほしくて、待ってた。



“彼女もたまたま、友達に会って一緒に帰ったんだよ”



そー思ったら少し楽になったんよ。サンキュ。



昨日は元気だったのにな。真田いじめて笑ってたのにな。強くて、昨日も俺負けたしな。



「………なんで…、」



見た目と違って愉快な友達は、今、何を思ってるだろう。

俺やきっと俺以外のやつらも、こんなにもこの事態を重く感じ苦しんでいることが、あいつに伝わるといいけど。

そしたらでも、あいつはさらに苦しむか。



10分か15分経ってから、柳生が再びやってきた。ノックされて俺は素直に扉を開けた。

開けたら、いつも通りの柳生がいた。何も変わらなくて。もしかして今までの全部夢じゃないかと思えるぐらい変わらなくて。

黙って、柳生の1、2歩後を歩いて病院の出口に向かう。

歩いてる途中、久しぶりに携帯を開く。新着メールがきてた。



From:葵

うん、電話しようと思ってた!




こんな気分のときなのに。頬が緩んでしまう自分がいて。
誰に対するどんな意味かもわからず心の中でゴメンと呟いた。

葵と話したい。話を聞いてほしい。今はテニス部の誰にもこの気持ちを吐けない。葵にしか、俺の素直な気持ち言えんしよくわからない気持ちを理解できないと思った。



そうして広いエントランスにさしかかったとこだった。本当に、なんとなく。やっぱり変な電波をキャッチするセンサーが俺にはついとるんだろうか。右側を見たんじゃ。

立海の制服の男女。一人は坊主頭、もう一人は見慣れた女。



「葵…、」



今後こそ、目が合って。何もなかったみたいにこの場を去るとか、柳生に気付かれずにやり過ごすとか、器用な技ができればよかったが。

何でこの病院にいるのか、何でまたその男と一緒なのか、におーくんにはさっぱりで。



“たまたま、だろ?”



こりゃーたまたまはないべ幸村。

病院イコール何かしらの治療の場という単純な方程式もとうに忘れて。普通ならお前こんなとこきてどうした?風邪か?ケガか?ぐらいの心配の言葉をかけるべきだった。なのに俺はそんな基本的な優しさすら忘れて、あいつに詰め寄った。



「…何しとる、また。」



またを付けたのは、出来る限りの皮肉。



「…雅、」

「何でまたこの男とおるんじゃ。」



またを付けたのは、以下略。

その葵の傍にいる男も、柳生も、葵ですらも、何も言わなかった。何か俺一人プンプンしてるみたいで恥ずかしいじゃろ。

何か言え。
きっと、怒鳴ってたと思う。葵の顔は怯えてたし、俺は俺で葵の手首掴んで。

たぶん柳生的には何が何だかわからんじゃろ。そう、状況的に友達の彼女が知らない男と病院にいるってだけの話じゃし。ねぇ、どこも浮気じゃなか。

じゃあ何で俺はこんなに怒ってるんじゃろ。やっぱり、元カレかもしれない不安と俺の知らないところで密会しとる不信からだな。

あと、今の俺の混乱しきってる状況がプラスで。



ふと、掴んだままだった腕に気付いた。葵が痛いって小さく漏らしたから。ああ悪いことしたって思いつつ、一つの事実に気付く。

前髪の向こうのおでこに、ガーゼのようなものがあてがわれてた。

ケガ?…じゃあ、こいつがここにいるのはケガしたからなのか?



「お前さん、それ、どうし……、」



俺が聞きおわる前に俺を見上げた葵の目は、いつものアホみたいな愛らしさは一切なかった。



「………てるの。」

「は?」

「誰のせいだと思ってるの。」



聞き返したあとの口調はやけにきっぱり。俺の耳に響いた。

でも頭で理解するのには時間が足りなすぎた。

誰の、せい……?



そのまま、葵は走り去っていった。

意味がわからなくて、でも自分で言うのもアレじゃけど、俺は頭の回転は悪くないほう。直感力とか割とあるほう。



俺のせい?

誰か答え教えてくれんかな。

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