12 欠けた輪っか

葵と連絡をとらなくなって3日が過ぎた。
電話もメールすらもしなくて、葵からも連絡が一切なかった。学年も違うから、廊下でばったりなんてのもなかったし。

俺からしなかったのは、できなかった、っちゅうのもあるが、半分、いや半分以上、ムカついてる気持ちもあったから。



あのとき見てしまったもの。
そりゃあいつは気付いておらんかったき、俺がそんなんで気悪くしてるなんて知らんじゃろうが。

身勝手にも、あのときのことや連絡をよこさないこと、弁解もないことに、苛立ってた。



でもどこかで連絡をとりたがってる。また普通にイチャイチャしたがってる自分がいる。

でも思うように行動できなくて、それも余計に俺を苛立たせた。

でも……、



3日、ただの3日じゃ。普通のらぶらぶカップルでも3日ぐらい連絡とらんことぐらいあるやろ。

そう、言い聞かせて、今日の夜こそはあいつに電話でもしようかと考えた。



To:葵

今日夜ひま?




一応な、ワンクッションおかんと。

もし暇って返ってきたら電話もして、もし時間があればちょっとでも会いたい。

そう思った矢先だった。



「なぁ、仁王。」



トイレ行く振りしてメール送信完了。帰ってきた俺に、ブン太が近寄ってきた。

おいおい、無駄話しとったら真田に怒られるじゃろ。今日だけは居残りなんて無理じゃ。

練習終わったらさっさと帰らないと……、



「幸村君、おかしくねぇ?」



幸村がオカシイ?可笑しいってことか?まぁ確かに幸村は愉快なやつじゃけど。



「さっき俺、幸村君にゲームとった。」

「ほーう。自慢か。」

「ちげーよ。…や、ちがくねーのか?俺が上手くなったのか?」



ブン太はぶつぶつなんか言っとる。

ブン太が幸村に勝ったっちゅうことは、あの幸村がブン太に負けたってことか。あー、確かに変じゃ。幸村がよっっっっぽど調子悪いか、ブン太の奇跡か。

別に深くも考えず、俺の番がきたから、コートに入ろうとすると。



「仁王。」



振り向くと、今度は真田だった。
なんじゃ真田まで。こいつが練習中に話しかけるとはめずらしい。こいつも幸村の話か?



「お前に少し、話したいことがあるのだが。」

「……?」



なんじゃ、真田が俺に話?正直真田とはとくに盛り上がれる話もないんやけど。てかこいつの雰囲気的にマジな話っぽいな。ちゃんと聞いたほうがよさそう。

恋愛相談だったら断ろう。



「話ってなん……、」



きっと俺がこのとき聞かなければならなかった話。知らなければいけなかった話。

あとで気付いても、遅い話。





「きゃあっ!」



女子の悲鳴が聞こえた。俺がコートに入るときに聞こえる歓声とは、違う。



「幸村部長ッ!」



続いて赤也の声。

振り返る瞬間はスローモーションのように。
目に映ったのは、倒れている幸村と、駆け寄るやつら。

なに、この空気──…
瞬時に、背中をゾクッと風が這った。





「ギラン・バレー症候群…?」

「それに酷似した病のようです。」



正直頭がついていかんかった。何で倒れたのかも、一体何の病気なのかも、何で幸村なのかも。

柳生の話によると、体がうまく動かなくなったり時には呼吸すらままならないこともあるらしい。

治療には手術が必要。しかもそのあと根気よくリハビリが必要。

手術?リハビリ?なんじゃそれ。



心の奥のほうから、何だか嫌な感じが沸き起こってきた。どくんと心臓を刺激する。同時に頭がぐるぐるした。目眩か、吐き気か。

俺はみんなに気付かれないようにこっそりその場を抜け出し、トイレに駆け込んだ。



「…………はぁ……はぁ…、」



個室にしゃがみこむ。なんじゃこの感覚。ドキドキ?ぞわぞわ?イライラ?よくわからん。

心配?心配しとると思う、俺は。だって今の時期だろ?リハビリが必要なのって明らか夏までに間に合わないんじゃなか?しかも病気そのものが深刻そう。治るのかどうかすら疑問。

焦ってる?たぶん俺は焦ってるんじゃ。俺の周りは健康なやつばっかで、葬式はもちろん誰かの見舞いすら行ったことはない。だからこんな真っ白い壁が続く消毒液のような匂いの漂う病院自体、慣れてるはずがない。

そんな中で聞かされた友達の病気。ピンとこないし、受け入れられない自分に焦ってる。こんな身近にあるもんなのか?いきなり友達がもう歩けなくなります呼吸も難しそうですなんて、信じられるか?

他の、赤也やブン太みたいに素直なやつならカナシイとかクヤシイ感情を顕にするやろ。でも俺はうまいこと感情出せるタイプではなか。かといって冷静に受けとめる参謀や柳生みたいにもなれんし。

ダメじゃ……。



幸村のあの、いたずら大成功の後の笑った顔ばかりが頭を回る。

これもどっきりでした、にならんかな。

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