玲瓏
















 キラキラと光が舞う暗闇の中、四角い枠の上に立っていた。
 外への道は一つ。でもその道を勝手に通ってはいけない。
 手には、いつの間にか持っていた大きなサイコロ。
 サイコロを地面に転がす。B。
 一際大きな銀光が見つめる中、大きな大きなすごろく遊びを始めた。

 ああ、これは夢なんだろうか。
 [近所の研究所が爆発したその爆風に巻き込まれ自宅の屋上から落ちる]という無茶苦茶なコマに立って、考えていた。
 このコマの先に行く道はなく、あるはずのところには、底の見えないキラキラの舞う暗闇。
 このすごろくでは、コマに書いてあることを、もしくはそれに準ずることをさせられた。[妹ができる]では赤ん坊を抱えあやしていたし、[料亭で下働きをする]では大量の皿洗いをさせられた。
 [屋上から落ちる]ということは、ここから落ちろという意味なんだろう。
 コマの内容には逆らえない。これは大前提。夢でよくある、意味のわからない思い込み。だから、ここから落ちなければならない。
 よし、なら落ちてやろうじゃないの。
 でも私、死ぬ気はない。さらさらない。たとえこれが夢で、落ちても死なずに目が覚めるだけだとしても。夢で死んだら現実でも死んでるらしいし。
 私は着ていた服を脱いだ。恥ずかしくないわけじゃないけど、どうせ誰も見てない。見てるとしたら、あの大きな銀の光だけ。
 私は脱いだ服をいい具合に丸めてクッションにし、自分の頭にくくりつけた。私にはこれがどれくらいの深さなのかはわからないけど、コマの通り[自宅の屋上]くらいなのだとしたら大丈夫なはず。でもちょっと不安。
 私は目をぎゅっと閉じ、頭を守れるように足から飛び降りた。

 いつまでたっても衝撃が来ない。落下感もない。そのかわりとでも言うように、一人分の拍手が聞こえた。
 ゆっくりと目を開けると、やっぱり足の下に地面はなかった。丸めていた体を伸ばしてみる。まるで水の中にいるような感覚。混乱しながらも拍手のなる方へ向いた。
 そこには男が立っていた。
 怖いほどに美しいく、眼鏡越しの銀の目で私を見ていた。
 空に浮かんでいた銀光と同じ色で。
 思わず見とれる私の何が面白いのか、男はにやにや笑っている。にやにや笑ったまま拍手をやめ、にやにやと口を開いた。
「とりあえず、服を着ろよ。」
 ハッと我に返る。そういえば服はクッションにしたままで、上半身は下着姿だった。いそいそと服を着て、男を睨みつけるも、にやにやを止めるつもりはないらしい。
「よし、じゃあまずは祝おうか。おめでとう!」
 男はそのまま、大仰に手を広げた。
「あのコマに従ってなお生きようとした、堂々の第一号だ!」
 生きようとした第一号?
「今まで死にに行ったやつばっかだったからなぁ。覚悟決めて死ぬやつ。夢だから大丈夫と言い聞かせて死ぬやつ。コマから逃げようとして逃げられず死ぬやつ。多少の違いはあれど、大体はこんなところだな。だがお前は従ってなお生きようとした!祝うと同時に感謝するぜ。いい暇つぶしだった。でも一つ指摘するとだな、」
 男はこれまたわざとらしく指を一本伸ばし、私に突きつけた。
「爆風に巻き込まれてから地面に叩きつけられるまでの間に、服を丸めて頭にやる暇なんかない。」
「……かな、とは思ったけど。」
「あやっぱり?」
 頭が追いつかない私をよそに、男はふわりと見えない椅子に座って偉そうに肘をついた。
「第一号だから特別になんでも聞いていいぜ。どうせ忘れるけどな。」
「……忘れるなら聞く意味ないじゃん。」
「でも今のままお前も引き下がれねぇだろ。」
 そうだけどさ。
「だから質問受け付けるってんだよやさしーだろ?」
「じゃあ覚えときたい。」
「ダメ。だって夢は忘れるものだろ。覚えてる夢ってのは、起きてから思い出し改竄した、ただの妄想だ。」
 さあなんでも聞いていいぜ、と男は長い足を組んで足先をピコピコと動かしている。
「……じゃあ、これは夢なのね?」
「ああ夢だ。俺が見させてる夢。」
「見させてるって……なんか、さっきからあんた偉そうでムカつくのよね。何様よ。」
「神様だよ。」
 表情を変えずにさらりと言い放った。
「…………は?」
「は?じゃねぇよ。神様だよ神様。夜の神だ。」
「夜の神…?ってことはハーディア?」
 夜に当たりそうなのはそれしか思いつかない。
 なのに男は、ハーディアと言われた途端ぶっと吹き出し笑った。
「っはははは!違う違う。ありゃ死と闇だろ?」
「夜は闇じゃん」
「いや違う。夜と闇は違うものだ。いいか、夜ってのはな」
 言葉を切り、男は宙に舞う光を指した。
「こんな感じで空に『星』が浮かび、『星』が集まってできた『天の川』があって」
 次に、男がくるんと指を回すと、周りの空間が球体のように回り始めた。
「星々は廻り、その中心となる『北極星』があり、そして」
 そして男は自らを指した。
「そして、月がある。」
 これが夜だ、と言い、男は立ち上がった。
「さ、時間切れだ。もうじき夜が明ける。良い子は起きる時間だぜ。」
 俺は悪い子だから今から寝るけどな、と男が笑うと同時に、私の意識が薄れて行く。
 結局、あんまり質問できてないのに。
「そういえばそうだな。なんかあるか?」
 訊きたいことはたくさんあるし、怒りたいこともたくさんある。
「でも時間がねぇ一つに絞れ。」
 そうね…じゃあ、せめて名前だけでも聞きたいかな。
「名前か。俺の名前はな」
 閉じようとする瞼を全力で押し上げると、銀の光と目があった。
「リーアだ」

 目が覚めた時、朝日を見ながら思い出せたのは、玲瓏と輝く銀光だけ。

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