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 諸々の連絡や手回しを終え、バタバタと忙しげな皇居内を進む私の足取りは重かった。このまま辿り着かなければいいという思いも虚しく、目的の客間についてしまう。一つ深呼吸をし、その障子を開けた。
「入るぞ」
「あ、がっすん。白廉見つかった?」
 中では小娘が、その、足が丸見えな服でゴロゴロと寝転転び四角い何かを触っていた。
 私はため息をつき、きちんと座り直すよういうと、南も何かを感じ取ったのか素直に正座した。
「で?白廉は?」
 小首をかしげる小娘。そのことを話そうと思ったところで、それより先に予備知識の確認をしなければと思い立った。
「まず、白廉が創始様の生まれ変わりだろうと言われていたことは知っているか?」
「え?んっと…知ってるけど、創始様がなんかエラい人ってくらいしかわかんない」
 そこからか…。
「創始様は、このイセンを建国された方だ。どこからかいらっしゃり、この地で人民を困らせていた悪霊を退治しお救いになったのが始まりとされている」
「へー。ふーん。あ、ってことは白廉とかがっすんとかのご先祖様?」
「そういうことだ。その後国を統一され、自らの子に皇の長の座を譲った後も裏から統治。それが千年ほど続き、ご崩御なさったのは私の祖父の代のことだ。」
「…え?そーしさま1000まで生きたの?」
「建国から1000年だから、もっと長いはずだぞ」
「えー!うっそだー!」
 まあ、普通の反応だろうな。
「がっすんのおじいちゃんの代ってことは、わりと最近まで生きてたってことー?」
「そうだな。約20年前だ。」
 私は信じていない南を置き去りに、本題を話すことにした。
「そして、ご崩御から20年たった今、創始様が白廉の体を使い帰って来られた」
「………え?」
 南がよく理解していないまま、畳み掛けるように先程、昼過ぎのことを話した。
 話が進むに連れ、南の大きな目もっと大きくなってゆき、しまいにはそこから雫が溢れ出した。
「…うそ」
 話し終え、南が某然と呟いた。
「うそだよそんなの。ほら、他の何か悪霊とかが取り付いてんじゃないの?そーしさまじゃないやつ」
「いや」
 それなら私も考えた。
「創始様は自らの名を正しくおっしゃった。間違ってはいない」
「嘘ついてるかもしんないじゃん」
「それはない。創始様の本名は皇の長とその息子にしか教えられないからな」
 また、あの白廉が並の霊に容易く取り付かれる訳がない。
 そう言うと、南は本格的に泣き始めた。
「じゃあ、じゃあもう白廉には会えないの??そーしさまが最初っからそうしようって考えてたんなら、白廉はそーしさまの人形になるために生まれてきたの?!そーしさまのわがままでできたっていうの??!じゃあ白廉はどうなんの。日本での白廉しかなみ知らないけど、それだけでもいっぱいあるよ?人がいると寝らんないくせして学校行事の旅行いって三徹でふらふらとか。ちっちゃいくせによく動くから運動部の先生に取り合いされたりとか。あとは自分じゃ爪切れなかったり、大型犬はいいのにチワワはダメだったり、そういうのがもうないってことでしょ?もう白廉に会えないってことでしょ?!嫌だよそんなの。なみはそんなの絶対やだ。他の人はいいの??なんで文句言わないの??!ねえ、がっすんはそれでいいの?!」
「良いわけがなかろう!!」
 激昂した私の声に、南がぴたりと止まった。それを見て私は我に帰り、呼吸で高ぶった感情を抑え付けた。
「だが創始様はイセンにおいて神とも崇められるお人だ。神に逆らえはしない。ましてや私は皇の長だ。本来皇の長は創始様の言う通りに動くべき立場。意義を唱えるべきではない」
 私は正しい。私は、何も間違ったことを言ってはいない。
 なのになぜ、私はこいつの目を見れないのだろう。
「っじゃあ!」
 南が急に立ち上がった。
「じゃあなみが言うよ。なみはイセン人じゃないからそーしさまなんてただの幽霊だもん。なみが言ってくる!」
 そう叫び走り去る南を見送る。置き去りにされた部屋で、これを期待していた自分に気がついた。

 

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