「食べてもいいかな?」

「…何を、」
「勿論玲名を」
そういうと彼女はあからさまに嫌そうな顔をした。すすす、と俺の横の一人分開いていた空白が二人分になるソファー。まあ、これくらいは想定内である。

「気持ち悪い事を言うな」
「だって食べたいんだから、」
仕様が無いじゃないか。
テレビから顔を逸らして玲名を見つめる。彼女はしかめっつらでまだテレビを見ている。俺は無意識に組んだ手を動かしだした。

「変な意味じゃないんだよ」
「カニバリズムじゃあないし、性行為でもない」
「…ではなんなんだ」
こいつ何言ってんだ。そんな言葉の吹き出しが出そうな顔をして玲名もやっとテレビから目を離してこちらを見た。俺は膝上で組んだ手の指を無意識に、もっとくるくる回して考えた。

「俺さあ、玲名の考えがたまに解らなくなることがあって、必死で解ろうと考えるんだけど、所詮狭い管の中じゃ解らない。俺だけじゃなく、やっぱり君自身の一部がなければ解らないのかなあ、なんて。」
自分でも何を言ってるかなんて分からない。

「…で?」
「……。でね、食べる事が体内に取り込む手っ取り早い方法かも知れない、と思ったんだけど」
どう食べていいかわかんなくなって。そう締めてはにかんだ。多分頬の筋肉の動きはあんまりきれいじゃなかっただろうな。
玲名は眉間にシワを寄せて話を聞いていたけど、俺が少し俯くと同時にため息を漏らした。

「ヒロト、お前はばかか」
さっと二人分のスペースを一気に玲名は詰めた。顔をあげると、空よりきれいなコバルトブルーが俺の瞳を包んでいる。

「いいか、人の気持ちを解ろうとしたり、そのために努力をすることは大切だし、ずっとずっと止めてはいけない事だ。」
「だけど所詮全部なんてわかりっこない。どれだけ長い付き合いの親友だって恋人だって、全て解るわけはないし、分かっているなら喧嘩や会話すら無いだろう。私は、だから、わからなくて当たり前だと思っている。それに、解らない方が良いことだって沢山ある。」

真っ直ぐに俺を見つめながら彼女は言い切った。少し開いたカーテンの向こうの曇り空から、月が顔を出しはじめた。こんなに普遍的な事に気付かなかったなんて。月の光が何だかくすぐったいや。

「…ふふ。ありがとう玲名。ねえ、食べ方だけどさ。俺、やっと分かったよ。」
そう、今分かったのだ。抱きしめてもいいのだろうか。いいのだろう。君は許してくれる筈だと確信している。
同じなんだ、多分。彼女の両腕の下にこの腕を滑り込ませて、背中で手を組むことは、君を理解しようとする言葉無い食事なんだ。玲名の後ろに広がっていた空間に二人でダイブする。ただ体温を感じる。ソファーはやけに光っている。


題名:夜の食べ方
(20121110:加筆)





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