新宿の情報屋のボディーガードだったりしたら、
優はため息をついて、髪を掻き上げた。とんだ任務を任されたものだ。首筋に宛がわれたナイフを眺めながら優はそんなことを思った。噂通りの方ですね、と嫌味を込めて笑って見ても、男は至極嬉しそうに喉を鳴らすだけだった。
「どんな噂を聞いて来たのか知らないけど、よろしくね優。
因みに俺も一応君については聞いてたけど、さ。まさか初対面の男を押し倒すような女だとは思わなかったよ。」
「勘違いしないでくださいよ。いきなりナイフを突き付けてきたのは貴方でしょう?私のは正当防衛です。それから、私を女だと思わなくて結構です。」
ぺらぺらとよく喋る男だ、と内心毒づいて優は男の上から退いてやった。男はクツクツと笑って、手を差し出した。優はそれを一瞥して、眉間に皺をよせた。
「私の任務は、不本意ながら貴方を護衛することです。」
「分かってるよ。優。ほらほら、早く起こして」
優は、はああ、と重いため息をついて男の手を握り返した。本当に、面倒な任務だこと。
♂♀
折原臨也という新宿を拠点とした情報屋の護衛。それが今回優が課せられた任務の内容だ。優のボスである綱吉は苦虫を踏み潰したような顔をして、こう言った。「クソッタレな人間だよあの人は。」珍しく、綱吉にしてはとても辛辣な言葉を吐くものだと優はその時驚いた。
「綱吉さんは元気?」
「―ええ、とても。」
「ふふ、」
何が可笑しいのか、くすくすと笑う臨也を見つめながら、優は綱吉から聞いた話を思い出していた。
「折原臨也は、人間を愛してる」
「…は、」
まるで明日の天気は曇だよ、と呟くように綱吉の口から零れた言葉はあまりにも抽象的過ぎた。
「俺も、優も人間だから彼の愛の対称になる訳だ。」
全くヘドが出るね、と綱吉は笑った。その瞳はとても冷たい。優はふーっと息をついた。
「私の任務はその折原さんを守る事なんでしょう?」
「そう。…でも俺は、あの人がどうなっても別にいいと思ってる。彼の身に何かあっても、少し痒いくらいだ。」
だから善処してくれればいいよ、と溢して綱吉は笑ったのだった。
♂♀
「綱吉さんは、俺なんて死ねばいいとでも言ってたんだろう?」
一度奥に消え、両手にマグカップを持ち戻ってきた臨也はニコニコと微笑みそう言った。コーヒーでよかったかな?と臨也はその内の一つを優に手渡した。
「…まあ、否定はしません。」
「やっぱり!俺綱吉さんに嫌われてるもん」
けらけらと笑う臨也に優はキョトンと目を丸くした。
「嬉しそうですね。」
大丈夫ですか?と優は自分のこめかみを指差した。臨也は更に声をあげて笑った。そして、ソファに立ち上がると腕を広げた。
「俺は人間を愛してる!どんな人間も、マフィアのボスも皆愛してる!…勿論、優も愛してるよ。」
「それはどーも。」
優はふうと息をついてマグカップに口をつけた。
「あ、美味しい。」
「だから、皆俺を愛すべきなんだよね」
「はは、折原さんは愛されたがり屋なんですね。」
優はマグカップを置いて笑った。なんだかとても折原臨也という男が滑稽で堪らなかった。しかし、それもまた悪くはないと思った。
「私は折原さんの事好きにはなれませんが」
「うん。」
「――。」
臨也は愉しそうに笑った。
「貴方が死ぬまで守りましょう。」