ご主人様呼びは男の夢とかなんとか






「―っと、もうこんな時間、か」

校門を出たところで優は、ふうと小さく息を吐いた。
雲雀に頼まれた(押し付けられた)書類を整理していたために、遅くなってしまったのだった。
溜まりに溜まった疲労を、少しでも減らそうと優は肩を回しながら空を見上げた。すでに空は日が暮れ始めていた。

「早く帰って寝たい」

丁度明日は休日で、きっと昼過ぎまで寝てしまうだろうな…と一人ぼやく優の耳に突如、ピピピと何処からか聴こえてきた電子音。それにふと気をとられた瞬間優の頭にガツン、という衝撃がはしった。そして痛みに呻き、優はそのまま気を失った。





目が覚めた時、優の頭に真っ先に浮かんだ、拉致・監禁という言葉。
ボンゴレに属している限り危険が常に身に纏うことは優も常々覚悟はしていた、が。
―シャラリと両手両足に揺れる鎖。

「…嘘ー。」

数分それを眺め手足を動かし優は本当に自分が監禁されたという、危機的状況を受け入れた。
どうしようか、と現状打破も兼ねて優は辺りを見回した。
部屋の中は何故か畳、襖と風情溢れる形式で、繋がれた鎖は部屋の大きな柱にグルグルと巻かれていた。
優はうーんと首を傾げた。
―見張りは、いない?
いないのはいないで助かるけど、でもそれでいいの?そんな事を考えて。
チラリ、ふと優の視界の片隅に入ったもの。
ふわふわの白いレース。

「な、なにこの格好ー!?」

嫌だ嫌だ嫌だ!と優は悲鳴に近い叫びをあげた。
先ほどまでは確かに制服を着ていたはず、の自分の格好を見て。
それはいつだったか、ボンゴレの屋敷で見たものと悲しくも酷似していた。

「死ぬ恥ずかしくて死ぬ!」

それはつまり、…メイド服と呼ばれる代物であった。
優はかあっ、と羞恥に顔を赤らめた。
ふわりふわりと揺れる可愛らしいスカートは優に多大な衝撃を与えた。
こんな仕打ち、あんまりだ!と優は泣きたいとさえ思った。

「誰だチキショウ!」

うわああああ!鎖を引きちぎらんと暴れる優の前ですすすーっと襖が開かれる。
優ははっ、と身構えた。
拘束はされているが、動くことは動くのだ。
優の胸の内にはどす黒いものが渦巻く。
―覚悟しろよこの、変態ブタ野郎…!
小さく芽生え始めたそれに、名前をつけるならば純粋な殺意と言うべきか。

「え、」

部屋に入ってきた人物は予想だにしていなかった人物で、優は驚き目を見開いた。…まさか、そして嫌な汗が手のひらにジトリと浮かぶ。

「真田くん、何かしらこれ」

努めて平然に振る舞おうとする優に幸村はニッコリと微笑んだ。…それも真っ黒に。

「伊藤殿は今日より、某専属メイドでござるうW!」

フリルのついたカチューシャを嬉々として見せつける幸村を見て優は思いきり顔を歪めた。
―腹黒男キター!



「ホント、勘弁して下さい。」

にこにこにこ、微笑む幸村にカチューシャを付けられながらも優は懇願する。

「伊藤殿!とてもお似合いでござるよ!」

「ああ、ありがとう…じゃなくてね、真田くん聞いてる?」

「真に、可愛らしいメイドでござるな…。」

「真田くん?鼻血垂れてるよ。あと私の話を聞いて」

「某の事はご主人様とお呼びくだされ」

「誰かこの人の言語を訳してくださいいい!誰でもいい!てか猿飛くんんん!」

熱っぽい視線で見つめられ優は大きな声で助けを求める。
真田くんがいるなら、彼もいるだろうと期待を込めて。頼むから来てくれ、と。

「なあに?優ちゃん呼んだ?」

「助けて猿飛くんっ…!」

神がキタ救いの神が、と優がそう思ったのも束の間。
お玉を片手に持った佐助は、あーと呟いて苦笑い。

「ごめん優ちゃん俺様今晩御飯作ってるの。
それに旦那に逆らうとあとが怖いし」

助けてあげたいのはやまやまなんだけど、ごめんねー。と佐助は踵を返してしまった。

「猿飛いいいい!」

「…伊藤殿。」

ハッと優は体を強張らせた。
幸村の先程とは比べ物にならない程低い声。
怒っている、彼は。
理由はわからない。

「某の前で、他の男の名を紡ぐなど…。」








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