餅を焼きます
おゆうは眉間に皺をよせ、スッと細めた目で店の中を見回す。
ピリピリと痛いくらいの空気が店の中に漂う。
馴染みの客達は愛想のよかった看板娘の変わりように、居心地悪そうに団子を口に運んでいた。
そんな中、団子を焼いていた親父さんはカッと目を見開くと盛大に怒鳴った。
「おゆう!なんて顔してんだ!」
客の一人がまあまあ、親父さん今日はおゆうちゃん具合が悪いんじゃないかね?と取りなすも、おゆうも負けず劣らず
「親父さん!私は産まれた時からこんな顔です!
放っておいてください!」
「おゆうちゃんも落ち着いて!」
言い争うおゆうと親父さんに客達もあわあわとしながらも仲裁に入る中で、最悪のタイミングで源二郎が店にやってきた。
「御免、団子を…」
丁度、店の中に一歩足を踏み入れたところで何処からか飛んできた盆が源二郎の顎にクリーンヒットした。
そのまま後ろにひっくり返えった源二郎に空気が固まった。
「お、おい兄ちゃんしっかりせい!」
「げ、源二郎さん!」
さあっと青ざめるおゆうと親父さんの後ろで女将さんがニッコリと微笑んでいた。
「あんた達、何をしてるんですか」
*
そもそも、おゆうの機嫌の悪さの根本的な原因はこの男にあった。
遡る事一刻前、お使いを頼まれたおゆうは橋を渡った先に、見知った顔を見つけた。
おゆうの働く茶屋の常連客の一人、それが源二郎であった。
源二郎とおゆうは毎日のように茶屋で会うが、町中で出会った事はまだ一度もなかった。
ああ、珍しい事もあるもんだ、とおゆうは少し早足でその背中を追いかけた。
「―源二郎さ、」
「だから私はいいと言ったんだ!」
「しかし、かすが殿!」
視界にふいと現れた女性はおゆうの目にはとてもキラキラと、輝いて見えた。
「?」
後ろを振り返える源二郎よりも早くおゆうは物影に身を隠していた。
「どうした?」
「今、名前を呼ばれたような…」
「フン、私は先に帰るぞ。」
「ま、待ってくだされ!」
遠ざかっていく姿を見送って、おゆうはふうと息をついた。
それにしても綺麗な人だった、旗から見たらなんと美男美女ではないか、と。
「帰ろう」
―自分は本当に、何も知らないんだ。
もしかしたら、あの人は源二郎さんの大切な人かも知れないな…。
モヤモヤと渦巻くそれにおゆうは知らず知らず眉間に皺を寄せていた。
*
奥の座敷に気絶した源二郎を運び込み、おゆうは冷やした手拭いを源二郎の顎に当てる。
そうしてやっと目を覚ました源二郎におゆうは頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。」
源二郎の顎は見事に赤くなっていた。
「これぐらい、何て事はないでござる。」
「…。」
「おゆう殿?
如何いたした?」
キョトンと目を丸くし、見つめてくる源二郎におゆうは目をそらした。
「なんでも、ありません」
「…なんでもないことはないでござろう?
某に何かあるなら、言うてくだされ!」
源二郎に頬を両手で挟まれ、強引に目を合わせられおゆうの中で何かがぷちん、と切れた。
「ふざけないでください!」
「ぬ、わ」
ドンと源二郎を押しおゆうは立ち上がった。
「あんなに綺麗な人がいて!なんなんですか!私をからかっているんですか!?」
「おゆう殿?某、さっぱり…訳が分からぬのですが」
「かすがさんですよ!
仲良く歩いていたじゃないですか!」
はあはあ、と肩で息をするおゆうははっと、我に返ると再びペタリと頭を下げた。
「失礼いたしました。
…今日のところは、もうお帰りください」
おゆうには源二郎の表情が見えなかったが、きっと呆れられているだろうと思った。
「おゆう殿、顔をあげてくだされ」
この通り、お頼み申すとまで言われておゆうはゆっくりと顔をあげた。
おゆうの目に入ったのは嬉しそうに微笑む源二郎の姿だった。
「な、なんで笑ってるんですか!」
「これは、申し訳ない。嬉しくて…」
「は、」
どういう意味だと、問い返す前におゆうは源二郎に手をとられていた。
「かすが殿は、佐助の知り合いでして今日は町を案内していたのです。」
「佐助さんの…。」
「はい、おゆう殿が考えているような関係ではござらん。」
「え、と」
「安心して頂けましたか?」
微笑む源二郎を見ておゆうはばっと、顔を隠した。
「あ、ああ、そ、そうなんですか!わ、私、その…団子!団子食べますよね?私、団子持ってきますね!」
バタバタとその場を後にするおゆうを見て源二郎はクスリと笑みを溢した。
「真に、可愛らしい方だ」
パチン、と弾けて