り物







おゆうはふう、と小さく息をつくと控えめに男の名を呼んだ。

「源二郎さん源二郎さん。」

名前を呼ばれた男、真田源二郎幸村は俯いていた顔をぱっとあげると今度はキョロキョロと落ち着きなく視線を動かした。

「一体、どうなさったんです?今日の団子は口に合いませんでしたか?」

「ち、違うのです!!」

ブンブンと首を振って否定する幸村だったが、皿には並々盛られた団子がたくさん残っていた。
彼を知らぬものならその量にまず驚くだろうが、常日頃の彼ならばこの程度の団子などペロリと食べてしまうのだ。
それを知っているからこそ、おゆうは聞いたのだ。
口に合いませんでしたか、と。しかし幸村は違うと答えた。ならばなぜ?
食べられた数本の串をチラリと見ておゆうはうーん、と眉を下げた。

「じゃあ具合が悪いのですか?」

違うのです。消え入りそうな声で呟く幸村におゆうはそのままパクンと口を閉じた。
何か言ってもらわぬ事には、返答の次第もないじゃないか。
ギラギラと店の奥から親父さんの視線を感じて、おゆうは再び俯いてしまった幸村の整った横顔を見つめた。
―源二郎さんって何者何だろう。
今やこの店の常連となっている大客の事を、おゆうはよくは知らなかった。
知っているのは源二郎という名前と、団子が大好きだということだけだ。
つい最近は毎日のように団子を三十本食べていかれる。
おゆうと幸村の仲は、たまに世間話をする程度だった。
それだのに、今日に限って一緒に如何かと誘われた。
休憩も兼ねて休みなさいよという女将さんの言葉に甘えて、おゆうは幸村の隣にちょこんと座った。
それから一刻も立つというのに、

「源二郎さん、私そろそろ…」

立ち上がりかけたおゆうの右手を幸村はぎゅっと握った。
急なことにおゆうはただ幸村の顔をまじまじと見つめるだけだった。
なんて真っ赤な顔だろうこと。
それでも真剣な眼差しに胸の内にじくじくと広がる熱いなにか、

「源二郎さん?」

痛いくらいに力がこもった手におゆうはどうしていいのかわからなかった。
ただその温もりが優しいと思ったのは確かだった。

「実は、」

「はい。」

「おゆう殿に、これを」

幸村が懐から出したのは漆塗りの真っ赤な櫛で、おゆうはポカンと呆ける。

「あの、おゆう殿に似合うと思ったのでござる」

受け取ってくだされ、と差し出されたそれはどう考えても、高価なものでおゆうは慌てふためいた。

「う、受け取れません!
私、だだの茶屋娘ですよ」

「ただのではござりませぬ!」

幸村はそんなおゆうの肩をガシリと掴んで、言った。

「でも、」

「某がおゆう殿に贈りたいと思ったまでです。
迷惑でなければ…受け取って頂きたいのでござる。」

おゆうはとうとう根負けしてしずしずとそれを受け取った。

「あ、りがとうございます…。」

こんなことはじめて、だ。

「おゆう殿には、赤がよく似合いまする。」

幸村は照れたように笑うと、はにかんで笑うおゆうの髪を優しく梳いた。
源二郎さんは不思議なお人だ、とおゆうは思った。



「―っいい加減にしねえか!」

「親父さん!?」

「働けおゆう!
お客さんの茶が温くなってんだろ!
さっさと煎れ直してこい!」

親父さんに怒鳴られておゆうはひゃあ!と盆を持って駆け出した。
幸村は空いた片手を名残惜しそうに眺めて、山になった団子の一つを手に取った。



「あらあら、お前さんたら邪魔しちゃって…」

「うるせえ!おゆうはやらん!」

「気が早いんだらお前さんって人は、」



愛を込めて


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