チュン、チュンという鳥の囀りで、ゆなは目を覚ました。窓の外では太陽がすでに高く昇っており、時計の短針は12を越えていた。(…あのまま寝てしまったのか、)ゆなは段ボールに囲まれた固い畳の上に転がっていた。イタリアの柔らかなベッドが恋しい、とゆなは思った。この部屋には段ボールに詰められた冷たい布団しかない。ゆなはそのまま、ムクリと起きた。

♂♀


「なんだかなー。」

鏡の前でゆなはふっ、と自嘲気味に笑った。そこには桜井大和という少年が立っていた。段ボールに入っていたジーパンにパーカーを合わせただけの格好に違和感はない。あると言えば、肩まである長い髪だろうか。結んであるそれをほどいて、ゆなは何処からか取り出したハサミでおもむろに切っていく。チョキチョキという無機質な音に、ゆなはまた笑った。

「あはは、本当に男の子だ」

短くなった髪を軽く手櫛で整えゆなははあー、と息をついてポツリと呟く。お腹、空いた…。それが今のゆなの全てを占めていた。昨夜は結局何も食べていないのだ。ゆなは段ボールを漁ると、見つけた封筒からお札を抜き出しそれを無造作にポケットにねじ込んだ。

「ご飯ついでに、街をブラブラ歩くのもいいだろ」

幸い、今日は祝日である。ゆなが学校に通うのは明日から、ということになる。ゆなは部屋を出て、廊下を歩きながら隣のドアを一瞥し考える。隣人への挨拶も夜でいいだろう。

「ふーん、平和島さんね。」

いい人だといいな、と素直な感想を述べたゆなは知らなかった。平和島という男がこの池袋で、なんと呼ばれているのかを。

♂♀


ゆなの池袋という街の第一印象は“人がたくさんいる”だった。絶えず行き交う人の波を眺めるのは、そこそこ楽しいもので、ゆなはキョロキョロと物珍しそうにしていた。ふとゆなは首を傾げた。街の至る所に、黄色いバンダナをつけた少年、少女たちが目立つ。

「(街全体で流行ってるようなものなのか、)」

都会って不思議だな、と呟いてゆなは先ほどファーストフード店で買ったシェイクを啜る。左手にはハンバーガーやらポテトが入った袋を引っ提げて、ゆなは静かな場所を探す。

「黒バイクだ!」

「どこどこ?」

突然騒がしくなった群衆にゆなはキョトンと呆ける。ゆなの横を通ったカップルは興奮した様子で大通りに走っていく。

「…黒バイクってなん―って、」

「おいおい僕、何してくれてんだ?」

ゆなはドン、と肩にきた衝撃に顔をしかめた。見ると数人の男がニヤニヤとそこに立っていた。男の一人は肩を押さえ、呻いた。

「いてえ!いてえよ!肩が!」

「あの、え、なんですか?」

「ぶつかっといてそりゃねーだろ!」

胸ぐらを掴まれてゆなはええ、と不満げに声をあげた。ぶつかったつもりはない、強いていえばぶつかられたのはこっちだ。

「オラ、こっち来い。」

「お兄さんたちと話しあおうな」

ゆなは男の黄色いバンダナを一瞥して、ため息をついた。

「…都会って怖いよ、ツナー。」

(黄色いバンダナでも贈りましょうか)






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