「至極簡単な任務だよ」
その唇に緩く弧をかきながら、綱吉は引き出しから何かを取り出して、ゆなにそれを手渡した。―住所(池袋―丁目―番。)が書かれた紙と鍵―を見比べてゆなは綱吉の顔を伺った。
「住む場所も必要なものも用意はしてある、詳しくは一緒に送ってある荷物を見て」
「―了解しました。」
なら話は早い、さっさと踵を返そうとするゆなに綱吉は待って、と声をかけた。
「いってらっしゃい」
ゆなは目を瞬かせ、
―笑った。
「行ってきます。」
パタリと音をたててしまったドアを綱吉は名残惜しそうに見つめて、ふっと息を吐いた。その瞳は、慈愛に満ちている。
「――。」
♂♀
あるアパートの一室で、ゆなは口をあんぐりと開け放心していた。
「嘘だ、ろ。」
紙に書かれた住所が例えおんぼろアパートでも、渡された鍵がそのアパートのものだとしてもまだ我慢できるとゆなは思っていた。しかし部屋に積まれていた段ボールの一つを開けて、ゆなはガックリと肩を落とすのだ。何度確かめても、変わることのない事実。ゆなはそれを取り出して広げる。ゆなの口から渇いた笑い声が漏れた。
時差ぼけを起こして時間感覚がオカシイゆなだが、時刻は二時を回っている。ゆなの笑い声はきっと薄いアパートの壁を通って他の住民の安眠に支障をきたしているだろう、しかしゆなにしてみたら、そんなの関係なかった。
それは制服、だった。パラリとそれと共に落ちた書類を拾いゆなは眉間に青筋をたてた。
彼女は呆れを通り越し怒りを感じていたのだった。
「そういうこと、…へェ。」
書類には、ある人物について事細かに記されていた。
桜井大和、高校一年生。5月25日生まれ。趣味は読書とサッカー。好きなものはトマト。嫌いなものはピーマン。好きなタイプは年上。…云々。
ある事情により来良学園に転入する。とその長ったらしい文書を朗読してゆなは苦虫を踏み潰したような顔をする。
これが、今日からこの街で生きるゆなの全てになるのだ、嫌がおうでも。
「ふっ…はは、あの童顔あたしをいくつだと思ってんの?本っ当!あり得ない!24のあたしが、明日から高校生?しかも男って!」
ゆなは書類を握り潰し放り投げ、あああああ!と叫び頭を掻いた。書類の最後に追伸と書かれた言葉は彼女が童顔と称した上司のもので、それが更に腹立たしさを募らせる。
―ゆなへ、
ちゃんとご近所さんには挨拶をするんだよ?
それと、学校にもしっかり通うこと。
幸運を祈るよ
桜井大和くん。
「帰りたい!」
(今度ばかりは、私も転職を考えています。)
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