いつの時代も、どこにでもお節介な人間はいるもので。正直放っておいてくれと言いたくなる時もある。
「…はあ」
後藤は手元にある物を見ながら溜息をついた。ついさっき強引に押し付けられたそれは重みを増していくようで気分も下がる。頭の中ではどうやって断るか、そのことしか考えていない。一度は開いたもののすでに興味など皆無である。
こんな物を見られたら、一瞬過ぎった笑顔に背筋が冷えた。隠そうかとデスクの引き出しを開けて、
「後藤いるー?」
…間に合わなかった。
一番見られたくない相手に見られてしまった。そのまま何事もなかったかのように仕舞おうとする前に、相手の視線がそれをとらえた。
「あ、それか。お見合い写真」
「えっお前そのこと誰から、」
「有里が教えてくれた」
(……有里ちゃーん!?)
隠す前にばれていたとはとんだ誤算である。冷や汗を流す後藤に近づくと、達海は細い指でそれをさらった。あ、と口を開くより先に写真が開かれる。
「おーけっこう美人じゃん」
「なっ!」
平然と相手の写真を眺める達海に驚く。が、すぐにこいつはそういう男だったと頭を抱えた。自分が思っているほど気にしていないらしい。それはそれで悲しいものがある。
「で?お見合いすんの?」
「するわけないだろ!…お前がいるのに」
聞かなくても分かると思っていた。後藤は達海と別れるつもりはないし、必然的にお見合いなんてする必要がない。そんな想いも込めて言った言葉に内心照れながら、後藤は達海を見つめた。
その視線を受けてから、達海は視線を横にずらす。
「すれば?お見合い」
空気が凍った。
「……お前、何言って」
後藤がかろうじて声を出すがそれもかすれているようで。達海は視線を合わさぬまま続けた。
「いいじゃん。後藤だっていい歳なんだし、そろそろ落ち着いた方が周りに言われなくて済むし」
「達」
「相手も美人だよ?お前この機会逃したら一生結婚できなくなるんじゃないの」
「達海」
「やっぱりした方がいいんだってけっこ」
「達海っ」
思わず立ち上がり腕を捕らえていた。思いの外力が入ってしまったがそれを気にしている余裕は後藤になかった。先程から達海と目が合わない。それが一層不安を煽る。
「…何か、あったのか」
疑問ではなく確信していた。普段とは違う空気に後藤は違和感を感じていた。なにより視線が合わないことが辛く、顔を覗くように近づける。
「別に何もないよ」
「嘘だ」
間髪入れず否定する。それきり黙る相手が消えてしまいそうなくらい静かで、どくんと心臓が音をたてた。このまま終わらせてはいけない、ただそう思った。
「俺から離れたくなったのか?」
縋るように手に力を込める。痛みからか図星だったからか、達海は肩を震わせた。それでも緩めることはできない。したくはなかった。
「…俺はな、達海。もう10年待ったんだ。やっと捕まえたのに、」
「逃がすわけないだろ」
達海が顔を上げる。ようやく目が合った。
と、同時に吹き出す音。呆気に取られる後藤をよそに、目の前の男は肩を上下させ笑い出す。もうそこに緊迫した空気はなかった。
「くっ、ははは!ちょっそんな警察じゃあるまいし」
「あ、のなあ!こっちは真面目に話してるんだぞ!?」
「わかってる」
「…わかってるよ」
ぽす、と達海が後藤の胸に寄り掛かる。それだけで胸が熱くなる思いがした。もう大丈夫だと安心した。掴んでいた腕を離し背中に回してやると、胸にかかる重さがほんの少し増す。
「有里がさ」
「うん」
「いつまでも後藤に頼ってちゃ駄目だって」
「ん」
「後藤には後藤の人生があるからって」
らしくないほど弱々しい声。こいつはあの言葉をどんな思いで伝えたのか、そんなに不安にさせていたのか、ふがいなさで泣きたくなる。頭を包むように撫でながら、後藤の心は段々穏やかになっていった。
「俺はお前と一緒にいたいよ」
抱え込まれた男はその言葉に、小さく、だが確実に答えた。
「養子縁組でもするか」
「…いいね」
お前がいるなら、なんでもいいよ。
20101227