「もう!こんなハガキ1枚でどこを探せって言うのよ!」
「はは…悪いね有里ちゃん」
「後藤さんが謝ることじゃないの!」
軽いヒステリーを起こす有里を横目に後藤は苦笑をもらした。彼女の様子は同じように搭乗を待つ客からの視線を集めている。なんとか宥めようと話しかけてみるものの彼女には逆効果らしい。それもそうだ。自分はあいつのことを責めるつもりはないのだから。
「私何か飲み物買ってくる!」
どすどすと女性にあるまじき勢いで歩いて行ってしまった。有里の後ろ姿を見送った後、後藤は手元の葉書へ視線を落とす。そこにはお世辞にも上手いとはいえない字でたった一言。それがあいつらしいと、後藤は穏やかに笑った。
もう忘れられていると思っていた。この葉書が届くまでは。10年前、後藤は達海と関係を持っていた。付き合っていたわけではない。流れでとしか言いようがない。それでも自分は一番彼に近い人間なんだと、そう思っていたのだ。それも達海が何も言わずイングランドに旅立ってしまった時にそんな希望も砕かれてしまったのだが。
だから彼から便りが来た時は心が震えた。まだあいつの中に自分がいるのだと、それが許された気がして泣きそうだった。いや、実際泣いていたかもしれない。
(やっとお前に言えるな)
握った手に力を込める。後藤はそっと目を閉じてたった一人を思い浮かべた。
(会えたら伝えたいことがある。あの時の感情にちゃんとけりをつけて、また始めたいんだ)
10年ぶりの達海の姿を想像してにやけた口元は、有里が帰ってくるまでに戻るだろうか。
「愛してるんだ、あの時からずっと」
気付くのが遅いって、あの顔で笑ってくれよ。
20101214