「あ」

思わず口から零れた声がまだ薄暗い通りに響いた。指から離れていったそれに執着などしていないはずなのに、達海は自分の右手を見つめた。
葉書を送ろうと思ったのはただの衝動だ。自分がETUを出てから10年経つ。あの時はそれが一番いい方法で、それしか道はないと思っていた。だからそのことを誰にどう思われようと気にする性格ではない。今までも、これからもそのはずだ。
ただ、何故か昨日の夜達海の頭に口煩い元チームメイトの顔が浮かんだのだ。それがなんとなく懐かしくて、気付いたら何年も前に押し付けられた土産品の葉書を目の前にしていた。ただ何を書いていいか分からず、適当に、単純な一言を書きなぐった。我ながら雑な字だが相手はあの男だ。気にする必要もないだろう。
徹夜して朝日が昇る前に街に出る。冷えた空気に身震いしながら目的の場所を目指す。それほど離れていなかったポストにはすぐに着いた。握りしめていた紙を入れようと手を伸ばして、そして。

「やべ、住所書いてないじゃん」

葉書を離した瞬間思い出した事実に焦ったような台詞をはく。それでも態度に出るわけでもなく、達海はうーんと悩むそぶりをみせた。しかしそれも一瞬だけ。

「…ま、いーか」

元来た道に足を向けて達海はゆっくり歩き出した。きっとあのまま葉書は届く。その時男がどんな顔をするか、達海はさして興味はない。自分の今の生活が変わるわけではないのだから。遅刻気味に起床し、いつものメニューを食べ歩き皆にフットボールを教える。街をぶらついたり対戦相手を研究したり、そしてまた夜を明かす。変わりはない。変わるはずがない。
歩きながらもう一度だけ右手に視線を移した。そこには何もない。ただ変に纏わり付いた感触を打ち払うように、ぎゅっと拳を握ってみる。彼が、笑った気がした。







「ニヤついてんなよ、ゴトー」

お前だけは変わらないで、なんて女々しいことは言わないからさ。






20101214





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -