「なんだこれ」

零れた声に力はなかった。目の前に広がる光景に目を疑う。まさに開いた口がふさがらないとはこのことである。

「その辺座っていーよ」
「…どこに座れって?」

足の踏み場もねえだろうが。羽田は思わず頭を抱えたくなった。
散乱するディスク、走り書きの多い紙の束、極めつけは脱ぎ捨てられた服。達海に呼びされクラブハウスに足を運んだはいいものの、当の本人の部屋は人を招き入れる状態ではない。羽田が踏み出すのを躊躇する中、達海は慣れたように足を進め、ベッドに腰を掛けた。そうして一度羽田を見やると、深く息を吐く。

「いつまでそこにいんの?入れば?」
「っ、入れっか!どうやったらこんなとこでくつろげんだよ!」
「えー楽勝じゃん」

仕方ないという表情で周りの物を拾い集める達海に羽田は軽く殺意を覚える。しかし目の前の人物に何を言っても流されてしまうのはここ数週間の逢瀬で理解済みだ。とりあえず道だけでもつくろうと屈み、すぐそばの紙を拾っていく。
拾い上げた紙に視線を向けて、羽田は思わず目を開いた。

「、」

相手の特徴や癖、攻撃のパターン、細かい指示までがびっしりと白い紙を埋め尽くしていた。乱雑に重ねられていくディスクもよく見れば全てがサッカーに関するものである。相手は監督だ。自分は認めたわけではないが、この男はETUの監督であることに間違いはない。それはもちろん分かっている。分かっていたつもりだ。それでも、

(やることはやってんだな)

こう見せつけられると、実感してしまう。もしかしてそれが狙いで自分を呼びだしたのだろうか。そう考えて軽く頭を振る。それは絶対に、ない。

「なーにやってんの」

ふいに掛けられた声に異様に驚いた。いつの間にか羽田の目の前に達海が迫っていた。達海はじっと目を合わせた後、持っていた紙に指を滑らせ、さっとそれを取り上げる。羽田が声を掛ける暇もなかった。
遠のく背中に何かを感じて、羽田はその腕を掴んでいた。

「…なに?」
「な、んだろうな」

振り返った達海は本当に驚いているようだった。だがそれ以上に羽田は自分の行動に驚いていた。何をしてるんだ。そう思ってもなかなか指が離しがたい。二人とも何も言わず、しんとした部屋に時計の音が大きく響く。次に出た言葉に羽田はまた驚いたものの、そこに後悔はなかった。

「今度は、家に来い」

達海は、いつものように緩やかに笑って頷いていた。






憎い人間を自分の領域に入れるなんざ御免だ。
ただ、掴んだその腕があまりにも、





細かったから、
冷蔵庫の中身を気にしていた


(つまり俺は悪くない)






20110619








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