花咲くまにまに | ナノ

志に従って命の焔を燃やしていた日々とはまるで違う、七緒と2人過ごす穏やかな日々は、和助の最期にしてはあまりにもあたたかなものだった。長くはない期限付きの幸せというのは不安をつきまとわせるものであるけれど、鮮やかな青空広がる昼間は2人寄り添うだけで幸せで、静寂に包まれた夜は互いの息遣いを感じて安心できた。

たくさんの人を斬り、たくさんの同志の命を自分の采配で散らせてきたのだ。この目で悲願の倒幕後を見ることが叶わないとしても仕方のないことだと思えるはずだった。女は嗜みだと思っていた自分に出来た最初で最後の最愛の女---七緒に出会わなければ、この命を惜しいと思うことはなかっただろう。
しかし今はこの美しく凛とした、でも本当はとても寂しがりな彼女を独り残してしまう事が心残りで仕方が無い。
おやっさんや宝良たち万珠屋の奴らが居る限り安全に生きていけるのは確実であるが……心の底から愛した男を亡くす喪失感は想像に難くない。

自分が生きている今、七緒を幸せにしてやりたい。そして叶うことなら自分が側にいられなくなった時に少しでもさみしくないようにしてやりたい。そう思うのは自然なことではないだろうか?

「七緒」

そんなことを考えながら隣で縫い物をしていた七緒に声をかけた。

「どうしましたか?」
「お前、何か欲しいものはあるか?」

突然のことに縫い物をしている手を止め、七緒はきょとんと和助のことを見つめた。そんな仕草も一々愛らしくて仕方が無くて、頬をそっと撫でてやる。

「突然どうしたんですか?私は和助さんがいれば他には何も要らないですよ?」

変な和助さん、と笑いを漏らして七緒は甘えるように肩に頭を乗せてきた。

「俺がお前にあげられるものは少ないからな、あげられる内にあげたいんだ。」

少し真面目な口調で話すと、七緒はさみしそうな目をしたけれど2人とも目を逸らさずに病魔と向かい合っているからすぐに気持ちを切り替える。

「着物でも紅でもなんでもいい。今欲しいものはなんだ?」
「……」

七緒は考え込んでしまった。欲のない七緒には少し難しかっただろうかと思い、自分で用意してしまおうかなどと思案していると、着物の袖がキュッっと引かれた。

「……私にあなたの子供をください。あなたと私の愛した証を。」

恥ずかしいのか顔を首元にうずめて、小さな声でそう言った。

「……ああ、わかった。」

それじゃあ、と俯いたままの七緒の顔を覗き込むように手を添えて口づけようとすると、それを遮ってまだ話はあるのだ、と言った。おあずけを食らい少し不服だったが言葉を遮るのも野暮な話なので続きを待った。

「それともう一つだけお願いです……その子の顔を見てください。生きてください。」

今度はしっかりと顔を上げ目に涙を溜めて和助を見つめた。いつだって可能な限り生きて欲しいと願っているのは知っているが、口にして生きて欲しいと言われるのは珍しい。
自分の体の事は自分が一番よく分かっている。もし今すぐに七緒が身籠ったとしても十月十日後に自分が生きているというのは考えづらい。

「ああ、約束する。」

自分の生涯で一番残酷なウソをついている気がした。うまく笑えていたかわからないけれど七緒の憂いが少しでも晴れるようにと思いを込めてつぶやくことしかできないことが歯痒くて仕方がない。

「……さっきの和助さんが、先立つ準備をしているようで嫌だったんです。もっともっと生きてほしいんです…!」

そう言った七緒は、死ぬ覚悟より生きる努力をと言った過去の七緒と重なって思い出された。最後の最後で自分の道標ともいえる言葉を忘れかけていることに気付かされてしまった。自分は何度も何度も七緒に救われている。

「……本当にお前には敵わないな。」

万感の思いをこめて囁くと、今度こそ七緒は笑顔を浮かべながら瞳から一筋の涙を流した。

「泣くなって。」
「嬉し涙です。」

気の強い女だな、と言いながらそっと涙を拭うように口づけを落とした。