CLOCK ZERO | ナノ

私の彼氏の特徴。

可愛げがないこと。
どちらかと言えば昔は可愛かったのに今となっては…と言うべきかもしれないけど、年下なのに可愛げは無い。

なぜか喧嘩腰。
お互い様かなって感じるけれど、小さな口論は日常茶飯事、むしろ口論しないことの方が少ないかもしれない。

そして、とってもとってもやきもち焼き。


いくらでも嫉妬してあげますよ


どうしてこんな状況になっているのだろうか。
何故かイライラしている円に背後から抱きしめられ、首元に顔を埋められていて。
溜め息しか出ないというかなんというか、きっと余計なことを考えたら負けだろう。


「ねえ円、なんで怒ってるのよ」

「それはこっちの台詞です。なんでそんな喧嘩腰なんです」

「それはあなたが怒っていきなり抱きついてきたから…!」


そう言葉に出すと、なんだか急に恥ずかしくなってきて、怒っていたときよりずっと頬が熱くなるのを感じた。


「どうしたんです?顔を赤くして」


ああ、絶対気付かれている。
私よりずっと背の高い円は後ろから私の顔を覗きこみ、ニヤニヤと見てくる。本当に可愛げがない。


「そんなの円には関係ないわ」

「そうですか。じゃあ僕はもういきますね」

「ちょ、ちょっと待って!あなたは一体何しに来たのよ」


そう言うと、円はまた来たときと同じように怒気を孕んだ視線を私に送る。


「ねえ、撫子さん。」

「な、なに?」

「どうして僕が怒ってるのかって聞きましたよね。いいですか、僕が怒りを見せる相手もきっかけも、世界中にあなたしかいないんです。」


顔は覗きこまれたまま、普段ならなかなか聞けない台詞を円は真顔で言うものだから強烈な違和感を抱く。


「ねえ、円。もしかしてお酒でも飲んだ?」

「なんでそこでそうなるんです。僕は素面ですよ」

「それってまさしく酔っぱらいの台詞じゃない…」


いつも綺麗なお酒の酔い方をしていたお父様だけど、一度だけべろんべろんに酔っぱらってしまった所を見たことがある。
その時に今の円と似たような事を言っていたのを思い出した。
でも、おかしいのだ。今の円からはお酒の香りは全然しない。

もう一つの可能性を思い浮かべ、目の前の額に手をあてる。
嫌な予感は的中、円は今にも倒れてしまってもおかしくないほど高熱だった。


「ちょっと円、すごい熱じゃない!すぐにベッドで寝てちょうだい」

「なんですか撫子さん、誘ってるんです?」

「もう、病人は少し黙ってなさい!」


この普段と違う様子と言動の訳は熱。
なんでこんなに高熱になるまで放っておいたのか、彼女としてはすごく不安になる。こんな世界だから、ちょっとの無理が命取りになる気がして。

円を寝室まで運んで横にさせ、氷枕を用意し、起きた時に食べれるようにとおじやを作る。


「もう、本当に心配させて…葱いれてやろうかしら」

「撫子ちゃん、なかなか鬼だね」

「あら、央。おかえりなさい」


運が良いのか悪いのか、独り言をつぶやいていた所に出掛けていた央が帰ってきた。


「また円が何かしたの?」

「…その、私にもよくわからないのよね。私絡みの事らしいんだけど」

「それはそうだろうね。円が不機嫌になる理由は撫子ちゃんだけだよ」

「そうなの?央に対しては?」

「あーそれは……」

「央?」


急に黙りこんだ央は、ちょいちょいと廊下の方を指差した。その先にいたのは相当不機嫌そうにしている円だった。


「円、なんで起きてくるの。熱上がっちゃうじゃない」

「そんなの僕の勝手です。それより何です、央といちゃいちゃして」

「今のどこをどう見ればいちゃいちゃしてるように見えるの…」


いくら相手が病人とはいえ、あまりの内容に言葉が続かない。

「ちゃんと説明してくれます?」

「ちゃんとも何も…それより最初の質問に戻るわ。どうしてあなたは怒ってたの?」

「これですよ」

「は?」

「さっきも央といちゃいちゃしていたでしょう」

「円、それはどういう…」

「央は黙ってて」「央は黙っててください」


同時に二人から発せられた言葉に普段なら痴話喧嘩の仲裁に入る央も、またそっと部屋を出て行こうと決めた。
心の中でそっと撫子にエールを送って。

…病気の円は三割増で寂しがり屋になるから。

(不安だけど…お邪魔みたいだしねぇ)



「央が出かける時ですよ。あなた、まるで新婚みたいに央に手を振ってたでしょ」

「別に新婚じゃなくても、出かける人に手くらい振るでしょ」


きっかけが有り得ないくらい幼稚な独占欲かららしいが、とにかく円は嫉妬していたらしい。それがようやく撫子にはわかった。


「じゃあ新婚ならどんな事をするんですか?」

「ねえ、円。熱があるからなのはわかるけど、でも本当に言ってる意味がわからないわ」

「やってみてくださいよ」

「……わかった、わ」


このワガママな彼氏さんは、この質問に答えない限り大人しくしてくれないらしい。

しなくても良いことをわざわざするのは恥ずかしくて、一瞬、ほんの少し掠めるだけだけど。


ちゅっ

「こう…よ」

「へぇ…」


円は大変満足そうな笑みを浮かべ、そのまま撫子に手をのばす。
その熱っぽい手はさっき円に触れたばかりの唇にそっと触れられた。


「よくわかりました、これなら許してあげますよ。あ、これから僕が出かける時は必ずこれでお願いします。勿論もっと堪能させてもらいますけど」


病気になると人は甘えたくなるものだというのはわかる。
でも円の場合、それに独占欲まで加わるから質が悪い。
散々な目にあった自覚はあるのに、不思議とそんなに嫌な気分じゃない私も相当重症なんだ。と、撫子は思った。


title:確かに恋だった