無機質なカプセルに少女のようなあどけなさを残して死んだように眠り続けている、自分より1つだけ年上の女性。九楼撫子。
彼女はキングの想い人であり、僕にとっては罪の象徴で心を縛り締め付ける鎖だ。
(本当に忌々しい…)
そう科学の力によって生かされている器に向けて、心の中で吐き捨てる。
ただの八つ当たりだとわかっているけど、割りきれない思いが心を占めるのは事実であった。
一番多感であった頃に彼女によって僕の平穏は脅かされた。
家族に嫌われずに、迷惑をかけずに、ただそれだけを願っていた。それだけなのに、彼女によって家族が傷つけられそうになって。
唯一の家族か知り合いの少女か。
天秤にかける物の重さは僕には違いすぎた。
やはりここにはあまり長く居たくない。ちゃんと仕事はこなしたし、僕はさっさと離れる事にした。
「レイン先輩、彼女の様子見てきましたよ。異常無しです」
「そうですかー、滅多な事が無ければ平気ですけど。でもよかったですね、あと少しでターゲットがやってきますしねー」
「そうですね。じゃあ僕は残りの仕事終えたらまた移動しますんで」
「わかりましたー。円くん頑張ってくださいねー。…あ、そういえば10年前の円くんと撫子くん、キングと以上に仲が良いみたいですよ」
「…なんですか、唐突に」
「なんといいますかねー、今の君とキングと、10年前の君と鷹斗くん。彼女の話から比べると面白くて」
「はぁ…」
ただの事務連絡を交わしてすぐに持ち場に戻り作業をしようと思っていたのに、先輩と話すうちになぜか話が脱線し出す。
いつもならさっさと無視するところだけどもどういうわけか興味がわいてきて、もう少しだけなら話を聞こうという気になった。
「そうそう。先日なんて二人でケーキを食べに行ったとか」
「…二人で?」
「そうですよー」
その発言には驚いた。
央がいないなんて何かの間違いだろうと思わずにはいられなかったけど、そんなくだらない嘘はきっとつかない。
あの頃の頑なな自分の心を少しでも解した九楼撫子という少女は、あのキングの想い人というだけあってなかなかの少女なのだろう。
無垢すぎる寝顔が忌々しいのは変わらないけれど、彼女の評価は少しだけ変えてみようか。
「『円に夢を持ってもらえて良かった』って、彼女僕に言ってましたよー」
「…さようなら」
10年前の自分の夢。
なぜかこの先が聞きたくなくて、今度こそ持ち場に戻る。僕と10年前の自分、二者択一のような運命をはっきりと言われるのを聞きたくなかったからなのか。
これから僕がする事、それはイコール自分の夢を壊す事であり僕の夢を叶える事だから。
そんな事を考えながら、僕はまた居心地のよくない部屋へと足を運ぶ。
再びあの世界へ旅立つ前の仕事は、九楼撫子の眠る地下室の警備システム強化とパスワードの再設定。
以前からこれでもかというほどの厳重さであったが、彼女にご執心のキングにとってこれはまだ不安の残るものらしかった。
この作業を終えたら、あの世界の最期の時を迎えるためにここを離れる。
あの世界の家族には申し訳ないけれど、時間を停める事に異論は無いし、ターゲットを連れ去る事も仕方ないのだととっくに腹を括ってる。
それでも、箱で眠るこの人を見ると、あの狂わないはずの世界の大切な人たちを想って、心が痛まないはずはなかった。
「やっぱりあなたって忌々しいですね」
二度目の八つ当たりを吐き捨てて二度と来ることはないであろう部屋を後にした。
神の吐息に世界は陰った
title:たとえば僕が
11.11.03