CLOCK ZERO | ナノ

撫子のバイト終わりに迎えにくる円の機嫌は悪い事が多い。
それはただただ撫子が心配だから。

撫子が酔っぱらいに絡まれた、ガラスの破片で指先をきってしまった。そんな事があった日には撫子を辞めさせようとバイト先に乗り込もうとするほどだった。
そして今日も理由は少し違えど迎えにきた円の機嫌は一年の締め括りとしてはあまりに悪かった。


「はぁ、ほんとあなたのバイト先はどういう神経してるんですかね。大晦日までシフトいれて。」

「そんなこと言われても、普段あまりいれられないから冬休み入れるのは仕方ないじゃない」

「はいはいわかってます。折角時間を作ったのにそれが無駄になってしまったとかそういうことは思ってませんから心配しないでください」

「根に持ちすぎじゃない…まだ新年まで2時間くらいあるし、初詣にでもいかない?」


そう提案すると、円の細い目は更に細められ、口角は不自然に上がる。
一目でわかるほど円の機嫌が悪くなる。


「いいですか撫子さん、初詣なんて人混みに出掛けたらナンパでもされるでしょう。いい加減人混みに行くってどういうことか学習したんじゃないですか。僕の身にもなって発言してください」


一緒に出掛けるとき、円は片時も撫子から離れないからナンパなどされたことはない。
でも円は撫子に対して異常な程に心が狭く、嫉妬深いのでナンパは愚か撫子を見る異性の視線すら許せない。

撫子も円のそういう所は何年も付き合って知っているし、初詣に拘りはない。ただ二人で過ごせたらそれで十分だ。

「それじゃあ帰りましょ。お蕎麦でも食べない?」



***



「美味しかった?」

「ええ。まあ蕎麦で失敗でもされたらフォローのしようがないですよね」

「一言余計よ!」


円の家に帰って、宣言通り年越し蕎麦を食べて一息ついて。
しっかり見ているわけではないテレビでは各地の除夜の鐘の映像が流れている。


「あ、日付変わりましたね」

「ほんと?あけましておめでとう。今年もよろしくね、円」

「こちらこそあけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします、撫子さん」


特に何をするでもなく気がつけば日付が変わって新しい年がやってきた。
二人付き合うようになってはじめての新年は初詣に行ったが、それ以降は円が嫌がるのもあってこう何をするでもなく過ごす事が多かった。

と、撫子がそんな事を考えているのを知ってか知らずか、円はソファに座る撫子を突然ひょいと抱えて立ち上がった。

「さ、撫子さん。…ちょっとなんですか。暴れないでくださいよ」

「そんな事言われたって急に抱えあげられたらそれぐらい言うわよ!何するつもり?」

「姫初めですけど。嫌ですか?」

「嫌ですか?って何言ってるの円!」

「ほんと色気ない人ですね。少し黙ってくれません?そんなに嫌ですか、僕とベッドで過ごすのは」

「そうじゃないけど…って何言わすの!でもちょっと待って!あれよ、ほら、私綺麗な景色と一緒に初日の出見たいわ」

円にされるがまま1日が終わってしまうと察して撫子はふと閃いた事を言ってみたが、けっこういい発案だと思った。
二人でみる景色はきっといい思い出になる。

「………わかりましたよ。じゃあ続きは帰ってきたらということで」

にやりと笑う円に少し不安を覚える撫子だが、とりあえず1日ベッドコースは免れたことに安堵したのだった。


***




場所は円が良いところを知っているということで撫子もそこでいいと了承した。
円が選んだのは夏場は海水浴客で賑わう海岸だった。今はサーファーすらいないから二人きりだ。

月の光すらない真っ暗な空と、わずかな星の光にキラキラ輝く水面。それほど強くない海風とモコモコのコートを着た円に抱かれていたお陰で撫子はそこまで寒くなかった。


「円その格好すごく似合ってるわね。白いダウンコート」

「そうですか?普通だと思いますけど」

「誰かに似てるのよね。誰かしら」

「へぇ、僕以外の男ですか。今すぐその記憶抹消してください」

「もう、………ねえ、明るくなってきてない?」

「そうですね。もうあと10分くらいじゃないですか?」

東の空が少しずつ明るくなって、それとともに水平線も明るくなって。
二人の顔もその光にあたって、だんだん互いの表情がはっきりわかるようになる。

そしてはっきり水平線から太陽が顔を出した。

「……」

「……」


二人とも今まで日の出の瞬間を見たことがなかったわけじゃない。
でも、今見ている景色はとても綺麗で言葉にならなかった。
少し特別な日に大好きな人と同じ景色を見れることが、うれしい。


「撫子さん、ありがとうございます。良いものを見せてくれて」

日が完全に顔を出して、最初に口を開いたのは円の方だった。

「こちらこそありがとう。きっと円と一緒じゃなかったらこんなに綺麗な景色じゃなかったと思う」

「また次もここに来ましょう。二人で」

「私も同じこと考えてたわ。来年もこの景色を見たいわ」

二人顔を見合わせれば、互いの笑顔が目の前にある。こんな時が永遠に続くといい。



えいえん、このまま



あけましておめでとうございます
今年もよろしくおねがいします^^

title:Largo
12.01.01