AMNESIA | ナノ

「はい、あーんして。あーん」

普段ならこんなこと言っても素直に口をあけてくれないんだろうけど、風邪の力というものは偉大である。小さく口をひらいて蓮華の中のお粥をマイはゆっくり食べる。
……かわいい。

少し遡って昨日の事。僕が夜遅く仕事から帰ると、いつものようにマイは出迎えてくれた。でも、彼女が普段より顔が火照っていることに気づいて熱を計ったら、起きているのが億劫になる位の熱だった。
そして今日、無理矢理有給を取って一緒に病院に行って、家に帰ってきて、薬を飲むために早めの昼ごはんをとっている…というわけだ。

「もうおなかいっぱいかもしれません」
「あ、そう?それじゃあお薬飲んでゆっくりしてて」

高熱でうるんだ瞳、少し荒い呼吸、火照ったほっぺ。そんな顔で見上げられると可哀想でかわってあげたいと思う気持ちより、愛しさの方が強くわいてくる。本当に僕は酷い奴だ。

「お薬、口移しで飲む?」
「はっ…?い、いいです!」

あまり考えずに…まあ完璧に下心とか無かったかと聞かれたら嘘になるけど、自然と出てきた言葉は、どうやらまだ彼女には刺激してしまう言葉だったらしい。

「うんうん、よく飲めました。熱はどうかな…」

コツリと額と額をあてればポヤーっとした表情のまま、マイは僕の服の裾をつかんで目を瞑る。

「さっきよりもあがってるね。もう一回ちゃんと計って解熱剤飲んどく?」
「は、い。…あの、」
「ん?どうした、マイ?」
「さっきから、からかってます、か?」
「え?」

驚きはしたけど、彼女の口から飛び出した言葉に思い当たるところが無くはないだけにどう言おうか悩んでしまう。

「はい、とりあえず体温計。…なんでそう思った?」
「だってイッキさん、私のこと子供みたいに扱うから…私イッキさんの恋人なのに、そんなの悲しくて」
「えっ、ちょっとマイ?どうしたの?」
「イッキさん…っ」

そう僕の名前を言ったきり、マイは涙を浮かべて僕に抱きついて、小さく声を出しながら泣き出した。これは、なんというか
(本当に子供みたいじゃないか)

僕が困り果てていると、体温計の電子音が響く。ぼくにしがみついて泣いているマイから体温計をとると、なんと39度は余裕にこえて、40度近い高熱だった。

「ちょっ、ちょっと!本当に早く寝ないと」
「いやですっ…!」
「ねぇ、恋人からのお願いだよ。…聞いてくれない?」
「…一緒に寝てくれますか?」


いいよと言った瞬間にマイは泣き止んで、とても嬉しそうに笑った。
ホッとしたのと同時に僕まで嬉しくなって、ほんとう彼女には敵わないとあらためて思った。

「よかったぁ…ダメって言われるんじゃ、ないかって」
「マイからのおねがいを断るわけないでしょ」

最近仕事が忙しくて帰りが遅くなったり、休日もなかなかとれない日が続いたりしていた。寂しい思いをさせていたのかもしれない。
熱のせいだけど、いつも我慢しちゃうマイの本音が垣間見えて、素直にワガママになってくれて、そんなことが嬉しかった。
熱が下がったら彼女にお願いしてみよう。もっとワガママになっていいんだよ、もっと一緒に居たいって言ってほしい、と。
それすら気遣いしがちな彼女には負担になるのだろうか?

布団にはいると、体はだるいだろうに、でも満足そうにして彼女は僕の手を握ったまま眠った。
どうしたらマイが一番喜んでくれるのだろうと考えてみるけど、今は次に目が覚めるまでこの手を握っていようと思う。


ぬくもりを共有

目が覚めたら、なぜか目が少し腫れていて、手の中には大好きなぬくもりがあった。
私が寝ている間ずっとイッキさんは手を握っていてくれた。それがとても嬉しくてたまらなくて。


「あ、おはよう。熱は…だいぶ下がったみたいだね。あのね、マイ……」


イッキって看病好きそう

11.11.10