novel | ナノ

あたたかい南から吹く潮風は、セットしてきた巻き髪を乱す。
いつも私が巻こうとすると瞬兄は危ないからと言ってアイロンを取り上げて魔法みたいに鮮やかに、私の直毛をくるんと巻いてくれる。でも今日は一人でやったから掛かった時間の割に上手く出来なかった。風で乱されてはその努力も水の泡。
頑張って直そうと試みるけれど元通りにはいかなかった。
家を出てすぐの段差でこけて、電車は遅延、信号という信号は全て赤信号。なんだか今日はついていない気がしてならない。

そんな少しだけ沈んだ気持ちで、まだかな…なんて横に建ってる時計を見上げると待ち合わせ時間ぴったりの21時。いつも瞬兄は待ち合わせ時間より早く来る。待たせてばかりだからたまには自分が早く行こうと思った今日に限って瞬兄はお仕事が終わらないみたいだった。

横浜の街は明るいとはいえ、さすがに本が読める明るさではない。本以外に時間を潰せるものは持ってないから携帯をぎゅっと握って、ただ景色を眺めた。


さざ波は私の心をうつしてるような気がして。何かあれば瞬兄は連絡をすぐくれるのに今日はまだこない。

空を見上げると見える本物の星はというと街が明るすぎるから確認出来るのは10もなくて。
きらきらとビルやネオンの光で海は夜空の星より輝いて見える。

私が知ってる異世界の星空はこの海のきらめきとは比べる事の出来ない景色だった。そんな懐かしい事を思い出して少し寂しくなった。みんな元気にしているのだろうか。


急に視界が暗くなり、驚いて顔を見上げると瞬兄がいた。

「瞬兄…」

無性に瞬兄に触れたくてたまらなくて、何も言わずにぎゅっと抱きつくと瞬兄も無言で私に応えてぎゅっと抱き返してくれた。
白衣の匂いが鼻腔にひろがって、そんな事で瞬兄がそばにいてくるんだと実感して、たったそれだけでさっきまでの気持ちは吹き飛んでいく。

「お仕事お疲れ様、瞬兄」
「すみません。連絡入れられなくて」
「ううん、いいの。瞬兄が来てくれたから」


離れようと抱き着いた腕を放しても瞬兄は私を抱き寄せたままなかなか解放してくれない。
もぞもぞと動けば動くほど抱擁は強くなっていく。


「瞬兄?どうしたの」
「もう少しだけ、このままでいさせてください」


瞬兄はもしかしたら私に甘えてくれてるのかもしれない。
そう思うと心はポカポカしてきて、こくんと頷くことしか出来なかった。


わたしだけに見せて