novel | ナノ

風にのって炊きたてのご飯の香りが漂ってくる。と、いう事はもうそろそろしたら千鶴は僕を起こしにくるはず。
千鶴に起こされる前に起きて布団を片したらよろこばれるだろうけど、僕はなんとなく気怠さを感じたまま布団にしがみついていた。


「総司さん、朝ですよ」
「んーおはよ千鶴。愛してるよ」
「総司さん!朝一番から何言ってるんですか!」

少し軽口をたたけば千鶴は予想通りの良い反応をしてくれた。

これに付け加えて、思った事を口にしただけだ、なんて言ったら顔を真っ赤にするのかな。なんて想像してみたけどこれ以上言うのはやめてそのかわり、もぞもぞと布団から起き上がって着替えだした。


居間に行くと普段といつも通りの手料理が並ぶ。僕も千鶴もどちらかと言えば食が細いから量は少なめだけれど全部朝から手が込んでいる献立だ。

「いただきまーす」
「めしあがれ」

僕は起きる前に匂ってきたたきたてのご飯をまず手にとった。

「うん、今日も美味しいね」
「良かったらお味噌汁飲んでみてください」

どうやら千鶴は僕の反応を待っているらしい。一体何があるんだろうと思いつつ味噌汁を手にとった。

「美味しい…具は菜の花?」
「はい。家の裏手にあったんです。」
「そっか、もうこんな時期なんだね…」


季節はもう春。

春、この自然豊かな地の野原では草木が青々と生い茂り、花々の黄色が咲き乱れる。

ここで二人、たくさんの愛を囁いたけど中でも特別な想い出がある。そう、今日で婚姻を結んでもう1年だ。

それは春の野原に二人だけ、永遠を誓いあっただけで婚儀らしい事は何もなかったけれど千鶴と確かな関係になれた。それだけの、僕たちらしいと言えば聞こえは良い、とても慎ましやかな祝言。

「総司さんがくれた花冠、とっても嬉しかったんです。」


でもその時、やっぱり"特別"がしたくて僕は姉と一緒に暮らしていた頃、一度だけ作り方を教えて貰った花冠を千鶴に作った。


『姉上!この花かんむりどうですか?』
『あら、宗次郎は器用ね。これならきっと好きな子に喜んでもらえるわよ』

その当時は好きな子はいなかったし、正直に言えば千鶴に"特別"を言い出すまでこの思い出は忘れていた。

でも記憶と勘を頼りに作った花冠は思ったより上手く出来て、ちょっと"特別"な事と言えるくらいには千鶴に喜んでもらえたし、今でも鮮明に幸せな記憶として思い出せる。


「ねえ千鶴、これ食べたら今日は出掛けよう。せっかく祝言挙げて一年だし"特別"をしよう」



***


二人は手を繋いで寄り添いながら暖かい春の日差しの歓迎を受けて、里で一番花が綺麗なところまでゆっくり歩いていく。

歩いていた途中に蕨と土筆を見付け、帰り道に採って行こうなんて会話をして、気付いた時には一面が花の絨毯。何度訪れても、幻想的な目的地にたどり着いた。




僕も千鶴もこの異世界みたいな眼前の景色を眺めながら考えている事は同じ。

「一年前、私たちはここで永遠を誓ったんですよね」

しみじみと言葉を紡ぐ千鶴を抱き寄せ、腕の中に閉じ込める。

「総司さん…?」
「…ありがとう。僕は今年も千鶴とここに来られて嬉しいんだ」


夫婦となって一年、時が経てば経つだけ千鶴をもっともっと愛おしく思うし、もっともっと離したくなくなる。離れたくなくなった。

抱く力を少し強めると、千鶴は自分の腕を僕の背中にまわして子供をあやすようにそっと撫ではじめる。


「千鶴…?」
「総司さんはわかってるようで何もわかってないです…来年だって再来年だって、ずっと一緒にここに来られます。」


僕が何も言わないから、「本当にわからないの?」と言うかわりに千鶴がくすっと笑ったような気がした。

「さっきも言ったじゃないですか。私たちはここで誓った…私たちは永遠です。だって特別な絆で結ばれてるんですよ」



僕からは、誰より"特別"な君に、些細な"特別"を贈った。

そして君は、僕らだけが"特別"気にする不可避な現実を、幸せな"特別"で上書きしてくれた。


「そうだったね、弱気になってごめんね」
「良いんですよ。私はどんな総司さんでも好きだから」


千鶴は僕だけに向けてくれる"特別"な笑顔で僕の心を包みこんだ。



***



「…総司さん、一つだけわがまま良いですか?」
「なあに?」
「またあの時の花冠が欲しいです」
「…それだけ?なんだ、奇遇だね。僕も千鶴に渡そうと思ってたんだ」

二人顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出す。

「…あははっ、僕たち似た者夫婦だ」
「なら総司さんも今わがままあるんじゃないですか?」

「そうだねー、うん。あるかな」
「私も総司さんのわがまま聞きたいです」
「それじゃあ花冠作ったら教えてあげる」




「はい。うん、良く似合ってる」
「わぁ…」

花冠を被った千鶴を見ると今更ながら一年前を彷彿させる。
まるでこの地に迷い込んだ妖精みたいだと思う。それくらい千鶴はこの幻想的な風景に溶け込んでいた。


「僕のわがまま聞いてもらってもいい?」
「はい、なんですか?」
「千鶴は僕の指にこれを、僕は千鶴の指にこれをはめたいんだ」


そう言って僕は千鶴に僕とおそろいの、花冠と同じ要領で作った指輪を差し出す。

「…西洋では祝言を挙げる時に指輪を交換するんだって聞いて、一年遅くなったけどしたくなったんだ」
「とても…素敵ですね」
「うん、すごくいいよね」

「……大好きです」
「知ってる。…愛してるよ」




僕たちは永遠に"特別"な縁で結ばれ、ずっとずっと愛し合うんだ。

何があろうと、永遠に






恋をしている
(生きている)