※主従パロ
どうして私はこの世に生を受ける前から将来の相手が決まっているのでしょう。
どうして私は明日の16の誕生日に雪村の姓を抜けて入籍しなければならないのでしょう。
どうして彼と私はこんなに縛られた立場にいるのでしょう。
尋ねたところで誰も答えてはくれない問い掛け。
だって答えは単純明快。それは私が雪村千鶴で彼が私の付き人だから。
彼は私が生まれた時からずっと一緒にいてくれた。
3歳の冬の夜、流れ星に祈った願い事を彼に言った時、酷く悲しい顔をした訳がわからなかった。
「そうにぃとずっといっしょにいられますように」
彼はこれが儚い願いだと知っていたのだと今ならわかる。
優しく頭を撫でて「僕が叶えてあげる。」と、言ってくれた事が印象的でした。
私が16になったら、父様が決めた婚約者と籍を入れなくてはならない、嫁ぐ時雪村の者を付けてはならない、と言うのを正式に聞いた時の彼の顔は普段と全く変わらないものでした。
でも、長い間一緒にいる私には彼の翡翠の瞳が微かに揺らいだのがわかりました。
とてもとてもうれしかった。
でも、そんな運命があるなら尚更気持ちは抑えないといけない事は二人ともわかっていました。
所詮私は「お嬢様」で、彼は「付き人」
覆す事なんて無謀な理なのだ。
彼との出会いが必然だったなら、どうして普通の女の子と男の子として出会えなかったのでしょう。
…別れの時間は刻々と迫って、気付けばあと少しで私の16の誕生日。
***
雪村千鶴としての最後の夜、彼は、総司さんは食事の席に姿を現さなかった。
総司さんと過ごせる時間が減ったのは残念だったけど別れの間際まで一緒にいて別れが辛くなるよりは良いのかもしれない。
そんな事を考えていたら不意に扉をノックする音が聞こえた。
「はい?」
「総司です。失礼してもよろしいですか、お嬢様。」
「入ってください。」
突然の出来事に心臓が跳ね上がる。
出来るだけ平静を装って彼が入って来るのを待つと、彼は一枚の紙と少し大きめのボストンバッグを持って部屋に入ってきた。
「千鶴、」
二人だけになると総司さんは私の事をお嬢様と呼ばずに千鶴と呼ぶ。
きっと彼の千鶴と言う優しい響きを聞けるのも片手で数える程度だろう。
「千鶴、大昔の約束覚えてる?」
「え…?」
「ずっと僕と一緒にいたいって君は言ったよね。それは今でも変わらない?」
こくり、とうなずくと彼は不敵な笑みを浮かべ、手に持っていた紙を破いた。
その紙はよくみると婚姻届。
「何してるんですか!?」
「千鶴がお嫁に行かないようにしてるだけだけど問題ある?」
「お…大有りです!そんな事したら総司さん…」
不意にさっきまでの笑みは消えて彼は真面目な表情になる。
「…千鶴、僕は君が好きだ。他の誰にも渡したくない。だから、一緒に逃げよう。」
予想外の言葉に思考が追い付かない。でも総司さんは言葉を続けた。
「僕は千鶴のために全てを捨てる。この家に戻れないのはもちろん、旦那様も奥様も薫にも会えなくなる。それでも、僕と来てくれますか?」
私は頷く代わりに彼の腕の中に飛び込んだ。
私の今からしようとしていることは雪村の家名に泥を塗る。それは今までお世話になった人みんなに仇なすことだ。祝福なんてされるわけはない。
それに私は世間知らずのお嬢さまだって事もわかってる。
「私なんかの為に、総司さんは良いんですか?」
「当たり前でしょ、だってずっと前から千鶴は僕だけのお姫様だ。姫を救うのは僕の役目で僕の意志だ。」
そう言って彼は手の甲に口づけを落として私の手を引いて走りだす。
「それじゃあ逃走劇と行きますか。」
「はいっ…!」
きっと…ううん、絶対大丈夫。
だって私たちを縛るものは何もないんだから。優しく包んでくれるあなたの笑顔があるんだから……
午前2時からの逃走劇
title:Largo