雨は嫌いだ。
もともと癖のある髪はさらに広がる。
それに刀の手入れが大変になる。雨が続く日なんかは最悪だ。
それに近所の子供たちは皆家にいて外には出てこないからつまらない。
巡察がない日なんかは稽古以外する事もなくて暇で暇で仕方ない。
だから雨は嫌いだ。
そして今、季節は春から夏への変わり目…そう、梅雨の季節。
そんな訳で刀の手入れをし、稽古も済ませた雨の日の午後、僕は部屋で暇を持て余していた。
トタトタトタ…と廊下から聞こえてくる軽い足音。
この廊下は幹部以外あまり人が通らない。
気配がまるわかりでこんな足音を出すのは…
「千鶴ちゃんしかいないよね」
千鶴ちゃんは恰好の暇潰し相手だ。
少しからかえばコロコロと表情を変えて、反応がいちいち面白い。
今日はどんなふうに遊ぼうかなと思案を巡らせて襖から顔を出す。
千鶴ちゃん、と普段通りに声をかけようとしたのに、千鶴ちゃんの表情をみて声が出なくなる。
廊下から何かを見入る様に見つめてる千鶴ちゃんの髪は湿気でしっとりとしていて艶めいて、さっきまで走っていたからであろうが少し上気した顔は少女というより女性らしいそれ、そしてぷっくりとした唇は紅を塗っていないのに真っ赤で色っぽかった。
初めてみる千鶴ちゃんの表情に、ドキリとし、そんな千鶴ちゃんに魅入ってしまう。そんな千鶴ちゃんが急に遠く感じた。
(遠くに感じる…か。らしくないな、僕。)
どうやら僕は相当千鶴ちゃんに気を許してしまっていたらしい。何かあれば斬る相手だというのに。
「あれ?沖田さん、どうかしましたか?」
僕から声をかけるつもりだったのに、気づけば千鶴ちゃんから声をかけられていた。
「なんでもないよ。」
からかうつもりだったけど、そんな気は失せてしまっていたからおざなりな返事をする。
もういいや、部屋に戻ろう。そう思ったのに千鶴ちゃんは嬉しそうな顔をして僕の所にやって来た。
「沖田さん!あそこにある紫陽花見えますか?あれ今日咲いたんです!」
「へぇ…あんな所に紫陽花なんてあったんだ。千鶴ちゃんがさっき見てたのってあれ?」
「沖田さん、見てたんですか…?」
「うん。千鶴ちゃんがぼへーっとしながら口開けてる阿呆っぽい顔見させてもらったよ。」
「な……ひ、ひどいです!沖田さん!!」
本当は千鶴ちゃんが綺麗で見とれてたなんて絶対に秘密だ。
「嘘だよ。」
「もっとひどいです沖田さん!!!」
そうやってすねる顔はいつもの少女の表情。
お願いだから、千鶴ちゃん…君は花が咲くように笑っていて。
さっきみたいな表情をされるようになったら、僕はきっと……きっと君を斬れなくなるから。
咲かせて
紫陽花の様に艶やかに咲くんじゃなくて、君はたんぽぽみたいな笑顔を咲かせてよ
これだから雨は嫌いだよ…