novel | ナノ


ゆきちゃんの髪は少しだけ癖があって、美しい。陽の光にあたると綺麗な輪が出来て、それは教会のステンドグラスに描かれた天使の輪のようで、彼女にぴったりだと思う。そして一本一本が細くてサラサラと流れるような指通り、それが風になびくたびに胸がきゅうっと締め付けられるような甘い香りがしてドキドキがとまらない。

ゆきちゃんの手は私の手より何回りも小さくてふっくらとやわらかい。でも彼女は剣を握るせいで実はまめだらけ。この世界に来なければキミの手は傷つくことも、血生臭さを漂わすこともなかったのだろう。
本当なら剣なんて似合わない、でも沢山の覚悟を背負って気丈に振る舞う、そんなゆきちゃんが不憫でたまらない。

ゆきちゃんの笑顔はこの世のあらゆるものより優しくて暖かくてそれでいて美しい。まだあどけなさの残る微笑みは慈愛に満ちていて、その笑顔は誰に対しても等しくふりまかれる。そんなゆきちゃんがす、すき……あぁ、思い浮かべるだけで心の底から幸せが込み上げる。




「桜智さん」

駆け足で私のところにやって来るゆきちゃん。たったったという足音でもしかしてと思っていたがゆきちゃんだと確認出来ると、わざわざ自分のもとに来てくれた、その事実が嬉しくて震え上がった。


「桜智さん、お誕生日おめでとうございます。」

え…?今なんて…

「あれ、桜智さん。もしかして違いましたか?」
「いや、正しいけど、どこで知ったんだい…?」

誰にも言った覚えのない、むしろ自分ですら忘れていた記憶。
それをどうしてゆきちゃんは知っていたのだろうか。ただ純粋に疑問が浮かぶ。そんな考えを見抜いたようにゆきちゃんは言葉を続けた。


「わたしの世界に戻った時、図書館で見たんです」

ゆきちゃんは、はにかみながら視線をそらしニコっと微笑む。
そして


「桜智さんのこと出来るだけ知りたくて…お誕生日お祝いしたかったから」


ゆきちゃんの心は清らかで欲がなくて相手の気持ちを考えていて、それはまさしく神子に相応しい。ただ祝いたいという一心で、龍神の力を酷使し、傷着せのせいでしんどい体で私のもとまで走ってくる。
いままでこんなに嬉しい誕生日があっただろうか。この一瞬のために私は生まれてきたんだと思えるほどだ。


「ゆきちゃん、ありがとう」
「桜智さんこそ、いつもありがとう」
「でも、あまり無理して走ったらいけないよ。次は私を呼んで…」
ゆきちゃんの小さな体をそっと包みこみ、言った。




ああ愛しい人よ、

もうキミ無しでは呼吸すら出来ない